短編集

□キレイゴトのセカイ
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これから、俺はこの気持ち悪い世界から脱出する。
 血だの、家柄だの、地位だの、しがらみに縛りつけられる。最高規則があるにもかかわらず、その意味を分かってないカスがトップで偉そうにしている。空気が読めないだの、ノリが悪いだのと言って、自分のことしか考えられないクズどもがはびこる。真実を知ることができないバカどもが正義だの、司法だのと権力を振るう。
 そんな、最低な世界とも今日でオサラバだ。

「前川進、これから、刑を執行する。ついてこい」

 ちょうど二年前、職場の同僚を殺した罪で俺は捕まり、弁護人も俺の無罪を主張することなく裁判は終わった。あっという間に俺は死刑囚へと成った。
「今日は番号で呼ばないんだな」
「最後くらい、ちゃんと名前を呼んでやらんとな、特にお前は」
「別にそんな気づかい、いらねーよ」
「俺が見た中で、この豚箱に入った奴じゃあ、一番まともな奴だからな」
 表情を見られないように俺は明後日の方向にむいた。
 話してくれている髪をキッチリまとめたおっさんは、留置場にいた時、俺をしごいてくれた看守だ。公平な目を持っており、作業時間外ではたまに話しかけて気を落ち着かせてくれた。名前では呼ばなかったが。
「にしても、ひどいな。一審しかしてないのに、すぐ死刑なんて」
「別に、死んでも構わない奴ならそんなもんだろ」
 事実、孤児であった俺は身寄りがなく。暮らす場所も転々としていたため昔から親しい奴はいない。だから控訴する人間もおらず、自分も諦めているから、二審をしなかった。
 俺がいなくてもこの世界は問題なく回る。誰が死んでもそうだろうが、俺には、そのうえ泣いてくれる人もいない。
 看守と話しているうちに死刑場に着いた。



「囚人番号一四九二三、前川進、二〇三四年五月二三日に職場の同僚である神奈川康介氏を殺した罪により、刑を執行する」
ああ、もうすぐだ。
俺は子供のころにテレビで見た部屋の中にいる。壁はコンクリート。床はフローリングで人が一人立てる四角い枠がある。四角い枠は落とし穴がある位置で、その上には縄が吊るされている。部屋の外には穴を開く三つのレバーがある。
 ここで俺はこの世を去る。
 思い残すことなど元からない。ただ生きて来ただけだから。死ぬことに恐怖はない。
「なお、囚人番号一四九二三、お前には死刑を告げていたが。違う刑を執行する」
「は?」
 死刑執行人は何を言っているのだろうか? 俺は今、死刑場に居り、首を吊る輪の下、俺を落とす穴の上にいる。この状況は死刑執行直前でしかないはずだ。
「お前にはこの世界から出て行ってもらう。つまり【世流しの刑】だ」
「俺は夢を見ているのか?」
死刑執行人は何を言っているのか? どこのSF小説なのか? 世界は、世界であり。他の世界など存在しないはずだ。
「高田看守の報告から、君にはまだ、酌量の余地があると判断した。」
「あの、おっさん」
 高田はここにはいないが、ここにつれてきてくれた看守の名だ。あの看守に出会えたことは不幸中の幸いだろうが、刑が軽くなったのか分からない。
「なお、お前がこれから行く世界では、犯罪行為を禁ずる。何があってもだ」
「は?」
 死刑執行人がそのことを告げ終えると、三人の男がレバーを引き、首に縄をかけてない俺を穴に落とした。
「なんだ、そりゃー!」
それが、この世界で俺が最後に残した言葉だった。
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