短編集

□俺の目には、僕が。僕の目には、私が。
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ファーストミーティング

 女は初恋のあの人に似ている。
 俺が大学に入学してから翌日、授業等の説明で、番号順に座らせられた。三人用の机の真ん中に俺は座っている。俺の右隣の女がそうだ。
 一分毎に瞬きをする二重の目、暇なためにアヒルのようにとがらせる唇。完全に一致するわけではないが、二年前から会っていないあの人がここにいるかのように思える。
「私になにかついていますか?」
 ありえないと思いながらも隣の女を見つめ続けていた。人によっては不快に感じることなので取り繕い、謝ることにする。
「知り合いに似ていたので、つい」
 初見の人には口づかいを丁寧にしている。目つきが悪い革ジャンを着た金髪男に怯える奴は多い。その金髪男とは俺のことだ。
「もしかして、初恋の人とかですか?」
 目のきらめかせながら女は聞いてくる。子供のような無邪気に笑う。初対面であるので礼儀としては誉められたことではないと思うが、俺の姿を見ても怯えていないので、俺は一安心した。
「チル、ダメだよ困らせちゃ」
 左隣にいた眼鏡のもやし男が女に話しかける。名前で呼んでいることから知り合いのようだ。
「いや、俺が見つめすぎたのが悪い」
「それでも、余計なことを」
「合っているから別にいい」
 女の堪の良さには驚いた。だからと言って動揺することはない。あの人のことはすでに諦めがついている。
「当たっちゃった」
「本当にすみません」
 二人は初めて顔を青く染める。俺が気にしていないつもりでも、一般的には傷つくものだ。俺自身、女を見つめ続けたのはあの人のことを無意識に今も思っているからだろう。
「いや、本当に気にしていない、大丈夫だ」
「いやでも」
「大丈夫つーたろ。男ならうじうじすんな」
 目を細めて、相手を睨むように見てしまった。声も荒げている。
 男は目を丸くして瞬きする。二人は何も言わず、しばらく間が空く。真面目な奴らのようだから。不良だと思えば、俺と関わろうとしないだろう。
「君は男らしいね」
男はふちなしの眼鏡を小指で整える。その流れで目を多少隠す髪をかき上げ、うなじまで手が伸びる。
「作道大、僕の名前だよ」
 男の言動の意図を読めず、俺は顔を傾げる。
「君の名前を教えてくださいよ」
「マサルもいきなりだよね」
「そうでもないだろ」
 大は俺が触れれば壊れてしまいそうなほど薄い唇を刃物のようにとがらせて笑う。丸みがある童顔とは相反し、表情は物静かに獲物を狙う猛獣だ。
「彼女の名前は多見知留、僕の幼馴染だよ。これからよろしくね」
「何がよろしくだ?」
「これからの大学生活をね」
 大の目は俺を写す。俺を虐げることも、危険視もしない。一人の人間をただ見つめている。最後にこの目を向けられたのは遠い昔だ。
 俺は目を伏せ、一度ため息をつく。吐いた息には不安と安堵が入り混じる。
「智秀要だ」
 俺は簡潔に答える。知留はあの人がしなかった底なしに明るい笑顔をし、大はこれから先のことを見て楽しんでいるようだ。
 大の笑顔は無邪気であり、子供を見守る親のようにも見える。
「よろしくな、カナメ」
 知留も「よろしくね、チシュウ君」と言ったような気がしたが、その声が遠く感じる。俺はあいまいな返事をしたが、そのことも俺は気づいてない。
 顔一つ分小さい大を大きく感じた。
 俺は左目を半分開き、大に焦点を合わせる。俺はこの時間、大から視線を外せなくなっていた。
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