短編集

□あまてらす日
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 一・年初めの出会い

「まいったなー」
 三重県伊勢市、普段は縁もゆかりない土地で青年は立ちすくんでいた。否、縁がないわけでは決してない。日本人の血を引くものならだれもが縁がある場所にいる。ただし、そこに行くことがない人間も多いのも事実である。
 伊勢神宮。
 仏教が盛んとなったこの数百年の日本だが、本来八百万の神を崇める神道が主流だった。
神道は宗教と言うには、他と比べると、異質なところがある。キリスト教やヒンドゥー教などの一神教とは違い、八百万と言うように多くの神が存在する。また、キリスト教のイエス、仏教の釈迦などのある人物が言い出したことがきっかけではなく、自然に対して各地で自発的に発生した信仰が組み合わさり日本全体で一つの信仰となっている。
神道の最高神『天照大御神』が祀られているのは伊勢神宮である。
元日である今日、初詣で神社に行く風習がある日本全国から伊勢神宮に人が来ている。普段から多くの人で混み合う伊勢神宮が人で埋め尽くされている。
鳥居下の真ん中の道は神の通り道なので本来は人が通ってはならないが、お構いなしに人が埋め尽くす。
 青年はジャケットのポケットから携帯電話を取り出す。弟や母親の名前をアドレス帳から探すが、画面には圏外が映し出されている。
 大学生にもなって迷子になる自分にあきれ、ため息をする。もう一度ため息をつく、今度は、はぐれた母親の言動を思い出してだ。
『佑斗、滉輝、伊勢に初詣行こっか!』
 質問ではなく断定で昨日、大晦日に言ってそのまま伊勢神宮に連れてこられた。今日で去年になってしまった年、離婚や開業などで母親が多くのストレスを抱えていることを兄である佑斗は知っていた。そのため、母親に付き合って来たのだが、他にも理由はあるが、突然の申し出にあきれたことも事実である。
 自分の悪癖である迷子にもあきれている。高校に上がるまでに迷子にならなかったことが少ない。方向音痴ではなく、単にいつもはぐれているだけなのでより厄介だったりする。
 今回は観光者の量で俺だけが道のわきに追い出されたわけだ。二人はこのまま人の流れに乗って参拝を終わらす。佑斗はわざわざ人の波の中へ戻る気もないため、周りを見渡し地図がないか探る。わかったことは地図があってもこの人混みに入らなければこの場から出ることはできないことだ。
 佑斗は考えても仕方ないので人混みが小さくなるのを待つことにした。いつも腰に巻いているが今日のようにショルダーバッグとしても使用しているカバンから本を取り出す。島崎藤村や夏目漱石の様な歴史的文学ではなくアニメや漫画みたいなライトノベルだ。
 歴史的文学を読まないわけではないが、大学の課題に追われる毎日の合間で気分が暗くなるようなものが多いそれらを佑斗は避けていた。
「いい加減、ラノベ以外のも読まないとな」
 佑斗自身が自らの偏読を危惧していた。
 ライトノベルが歴史的文学に劣っているとは思はないが文法がおかしいものも多く。単なる妄想でしかない内容も多い。
 今現在読んでいる小説もSFというには厳しい。特別な力を持ちながら冴えない主人公が周りの女の子に天然ジゴロを発揮する話だ。
「俺にもこんなことあるかなー、いや、ないか」
 佑斗は自分で言っておきながらすぐに否定する。希望も夢もないと言い切れる。実際にそのような夢を持つ人などいないが。
 区切がいいところまで読んで閉じる。また息を一つ吐く。佑斗は自分の息の白さを確認する。
「まあ、そうだよな」
 大学に入ってから九か月、佑斗は真冬の中にいる。白く漂う息を見て思う。大学生活に不満はない、だが、佑斗は自身がただ過ごすだけの日々を過ごしているのではないかと思った。
佑斗は自らを下卑する癖はあるが、野心がないわけではない。
 大学に行く理由の一つが自分の【大成したいもの】を見つけるためだ。それは【夢】と呼ばれるものかもしれないが、そこまで断定する勇気は佑斗には持ち合わせていない。
 目標に向かって情熱を燃やす喜びを昔知った。佑斗は一種の快楽であるそれを追い求め続けている。どれだけ抗っても、どれだけ手を伸ばそうが届かない。
「面白いことがあればな――」
 物思いする佑斗に背後から強い衝撃が襲う。人だかりを背にして空を眺めていた佑斗は顔から地面に着く。
 見本とばかりに両腕を大きく上げ、体にそらして地面へ滑り込む。それほど高くなく柔らかい鼻でも寒い中により痛みがいつもより感じる。佑斗は痛む鼻を左手で抑えながら起こした体を背後へ向ける。
「なんだよいきなり」
 佑斗の性格では怒りを大声で表現することは好まないが、佑斗の抑えた声は怒りに満ちあふれている。余程に鈍感な人でなければ身に危険を感じるほど佑斗の怒りを感じるだろう。
 佑斗は細めた目で見渡す。自然、眉間が少し険しくなる。
 将来、佑斗は目つきが悪い。普段は人柄をよく見せるために目を大きく開くようにしている。佑斗は気を抜くと、密かにチャームポイントとしている右目の泣きぼくろも無意味にする険しい表情をする。
 格好によっては昔流行ったXシネマに出てくるヤクザに見えてしまう。しかも肉体派ではなく、裏から手回しする頭脳に見えるから余計に悪く見える。
「ひっ!」
 転でいる佑斗と同じ年ほどの女の子が睨まれたと思ったらしく悲鳴を上げる。
「あの、私、その、焦ってて……」
「いや、大丈夫起こっていないから」
 佑斗は目の前の少女が衝撃を与えた張本人であることを認識した。普段から多くは同世代の女の子と話さない、加えて、高校時代では数えるほどしか話すことが出来なかった。結果として佑斗は女の子に対する耐性が弱い。
 目の前におどついた女の子がいれば、つられて佑斗もおどついてしまう。
 お互い言い方を変え、謝辞を言い合う。
「オイっ! 見つけたか!」
 野太い男の声が境内で響く。佑斗は声がする方へ見るとサングラスをかけた黒服が人の流れを無視してさまよっている。
 その声に過剰に反応をしたのは目の前の女の子だ。
 声とともに大きく女の子の肩が飛び跳ね、女の子は腕で胸を押さえる。
「大丈夫ですか?」
 佑斗は体を低くして、女の子の顔を覗く。
 佑斗は声が出なくなる。
女の子服装は黒を中心とする無彩色でまとめられている。その中でも目立つコートの白いファーは彼女の顔を強調していた、可愛さを。
 可憐、妖艶、幻惑的、そんな特別な言葉をつけてはならないと思わせる、そんな言葉は全く思い出させないほど魅せるものが、彼女にはあった。
「あなたは、私を知ってますか?」
 思考をめぐらしていたために動きを止めていた女の子が突如として佑斗に聞く。佑斗には彼女の質問の意味が全く分からなかった。
 佑斗が頭を傾げる様子を見て女の子は安心する。
「私、西之宮自由と申します。自由と書いてミユです」
 自由は上目使いで頭一つ分高い佑斗を見上げる。少し間を置いて佑斗に自己紹介するように促す。その意図に気づいた佑斗は慌てて話し出す。
「斎藤佑斗です。人偏に右でゆう、北斗星のとでゆうとです」
「佑斗さん、お願いがあります」
「はい?」
「私を誘拐してください」
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