桜物語への扉
□大切な日常(執筆中)
1ページ/1ページ
─大切な日常ー
『いいか、逃げるなよ──。背を向ければ切る。』
──あの夜から、私の運命の歯車は狂いはじめたのだろう。
【新選組】会津藩お預かりの京で有名な人切り集団。
それを象徴とする、浅葱色の羽織は、その時の私には、とてもおぞましく、只の恐怖の化身でしかなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
瞼に、うっすらと光が差し込む。それすらの光でも、寝ていた私には、十分すぎるほどの光で、閉じていた瞼を少しずつ持ち上げる。
「んっ……もう、あ…さ?」
左目を開け、障子へと視線を向ける。まだ薄暗いが、太陽が昇ってきたことを知らせるように、障子同士によってできた隙間から光が差し込む。
私は、まだ寝たいと言っている身体を無理やり起こし、寝間着から、いつもの着物へと着替える。
「あっ…確か、今日は炊事当番だったけ?」
着替えが終わり、髪を結っている手を止めて、私は、そう呟く。
「えっと…今日は斎藤さんと…えっと…「僕だよ」
………え?聞き覚えのある一つの声が私の言葉を遮った。
否。『聞き覚えのある声』という部分が自分の勘違いであってほしい。
だって、いるわけないよ。うん。まだ、外は薄暗いし。そうそう。いるわけないない。
自分で自分を落ち着かせるように、誰に向けてるわけでもない笑顔を作る。
「ははっ、やだな…私。まだ、眠気が取れていないのかな?」
「へぇー…、なら、僕が眠気をとってあげるよ」
「っっっ?!!!///おっ、沖田さんっ?!///」
とっさに、後ろへと身体を向ける。
そこには、いつものニコニコと微笑んでいる沖田さんがいた。
「千鶴ちゃん、今日の炊事当番ちゃと覚えてた?というか、僕を無視するなんて良い度胸してるね、君。切っちゃうよ?」
「お、お、お、沖田さん…。あの、無視してしまったことは、申し訳ありません…。えっと、沖田さんは、いつからいたんですか?///」
私は、頭に浮かんでいる疑問を沖田さんに問いかける。
結果的に、無視した事に申し訳なさを感じるが、私には、それより、その疑問が気になってしまう。多分、今の私は、顔がタコのように赤く染まっていることだろう。
「ん?寝間着を脱ぎはじめたところから…かなー」
沖田さんは、とぼけるような仕草で、横目で私の姿を捕らえながら、口角を上げた。
「えっ?!///何で、声をかけてくれないんですか?!」
私は、怒りと恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。
「何?だって、千鶴ちゃん。声かけたら、脱がないでしょ?」
いやっ、そうですけども!///
私は、あまりの言葉に、返す言葉が見つからず、口をパクパクさせる。
すると、沖田さんが、その私の光景を見てからなのか、「ふっ」と息をたてたかと思うと、笑い始めた。
「はっ、はははは、千鶴ちゃん、最高だよ!」
「っっ?!!何で、笑うんですか?!///もうっ!!」
沖田さんは、笑いすぎてなのか、目から出た水滴を自身の指で拭いながら口を開く。
「ごめん、ごめん、千鶴ちゃん。冗談だからさ」
……どこから何が冗談なのか、すごく不安です。
そんなことを思っていると、沖田さんは、「あ、そうそう」と言った。
私は、それに「どうしたんですか?」と問う。
「炊事当番…一君が待ってるから、早く支度しなよ」
誰のせいですか?!と言いたい気持ちを抑え、私は、まだ結われていない髪に手をかけた。
「遅い」
炊事場に行くと、すでに斎藤さんが料理の下準備に取りかかっていた。
「すみません…斎藤さん…」
私は、申し訳なさに謝罪の言葉を言う。
斎藤さんは、私を横目で見やると、沖田さんに身体を向けた。
「総司。俺は、あんたに雪村を呼んできてくれ、と言ったはずだが…?」
「ごめん、ごめん。一君、ちょっと、行ったら面白いことがあってさ」
「面白いこと?」
斎藤さんは、沖田さんの言葉に反応した。
「うん。丁度行ったら、この子が着替えをしてたところでさ」
えっ?沖田さん、冗談って言ってたような…本当だったの?!
斎藤さんを見ると、「はぁ」とため息が混じった息を吐いていた。
「雪村。総司の冗談だ。安心しろ」
「えー、一君には、気づかれちゃうか…面白くなるかと思ったのに」
沖田さんは、「残念だなー」とつまらなそうな顔をして言う。
私はひとまず、本当に冗談だったことに安心し、胸をなでおろした。
「……それより、総司、雪村。」
すると、斎藤さんは、動かしていた手を止め、私と沖田さんの方を見やる。
「ん?何、一君?」
「はい、なんでしょうか?」
「手を動かせ。もうじき、隊士たちが起きてくる頃だ…」
その言葉に、私は斎藤さんの止めた手の方に目を向ける。
そこには、鍋に入った味噌汁がぐつぐつと音を立てていた。
「はっ?!すみません、斎藤さんっ!!!すぐ、取り掛かります!!!」
私は、炊事当番ということを思い出し、慌てて、おかずの準備に取り掛かった。
朝食が終わり、私は、自室に戻ろうと廊下を歩いていた。
「おーい、千鶴ー!」
後ろから、自分を呼ぶ明るい声に私は、振り向いた。
声の主は、もちろん平助くん。
平助くんは、私にかけよって、口を開いた。
「これから、八番組が巡察なんだけどさ、千鶴も行くか?」
「え?いいの?土方さんは?」
私の問いに平助くんは、「大丈夫大丈夫」と笑って答えた。
「土方さんには、一応声をかけてあるから、千鶴は心配すんな」
「そうなの?平助くん、ありがとう」
平助くんは、また私に「良いって」と優しく微笑んで答えた。
いつも、同い年ぐらいに感じる平助くんだけど、こんなときなど、年上なんだと、改めて自覚させる。
「どうした?千鶴?」
平助くんは、私の顔を覗きこんできた。