BL

□秘密の場所1
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先生は古文の教師なのに白衣を着ている。
先生はいつもへらへらしている。
先生はいつもつまんないギャグを言う。

先生はいつも、…俺の告白をまともに受け取ってくれない。



「先生、好き」



屋上のドアを閉めると同時に、授業開始のチャイムが鳴った。
でも俺も先生も動こうとしない。
それは別に俺が先生に告白をしたからじゃない。
先生も俺も、はじめから授業をサボるつもりだったから。それだけの話。

俺の愛の告白に驚いて固まってくれたのなんて、はじめの一回だけだ。
それから何度告白したって先生はいつもどおりへらへらしているだけ。
俺の告白に返事をしてくれたことは一度だってない。

「まーた来たの」
「うん、来ちゃった」
「仕方ない子だね」

見つかっちゃうからコッチおいで、と先生は自分の隣をぽんぽんとたたく。

雑然と置かれた、ぼろぼろのソファやテーブル、ロッカーに机に椅子。
そういったものの隙間に、二人して身を隠す。

先生持参のレジャーシートは二人で座るにはちょっと狭いけど、その分くっつけるから俺には好都合だ。
ちなみに、ソファに座らないのは、ソファが雨ざらしで汚いから。
先生の白衣が汚れちゃうと、屋上に出入りしてんのがバレちゃうかもしれないから。

立ち入り禁止の屋上は、いろんなタバコの匂いが混じるのを嫌いな先生の、格好の喫煙所なのだ。

俺にとっては、先生と二人きりになれる唯一の場所。
立ち入り禁止であるゆえに誰にも邪魔されない、秘密の場所だ。
だから俺たちは、いつもこうして身を寄せ合っている。

密着している腕が熱い。
ドキドキする。このままコテンと、肩に頭を乗せて甘く溶けてみたい。

「今日いい天気だね」
「うん、すごく」
「先生」
「なに?」
「好き」
「あははー、ありがと」

ほら、また。
タバコをくわえながら表情ひとつ変えない横顔。
先生にとって俺は、ただの生徒だって証拠だよね。

わかってる。
わかってるけど、仕方ねぇじゃん、好きなんだもん。
男だけど、好きなんだよ。

ファーストキスの相手より、童貞捨てさせてくれたオネーサンより。
今までの誰よりこれからの誰より、先生が好き。

「…前から思ってたけどさ、先生って俺のこと気持ち悪がんないんだね」
「えー、なにが?」
「だって俺、オトコだよ?普通オトコに告られたらキモイでしょ」
「サメちゃん、オトコに告られたことあんの?」
「ないよ。ねぇけど、たぶん気持ち悪く思う」
「…そっかぁ」

いくら相手が自分の教え子でも、告白してきたオトコとよくこんなに密着できるもんだなぁと関心してしまう。
俺だったら絶対ヤだ。ムリ。
あれかな。もしかしてモンスターペアレントとか、そういうの気にしてんのかな。ウチのかーちゃん、わりと昭和寄りの人だから、たとえ俺が教師にブン殴られたとしても文句言ったりするタイプじゃなさそうけど…都合よさそうだし黙っとこ。
先生に無視されるとこ嫌われるとか、そんなんムリ。

「…まぁ、俺がいま好きな相手もさ、オトコノコだからね」

(―…え?)

好きな、相手?オトコノコ?

(なにそれ、なにそれ。意味わかんない!)

先生に好きな人?だって彼女いないって、いつも言ってんじゃん。ひとりでさびしいって、眉毛ハの字にして言ってんじゃん!

(彼女じゃなくて、彼氏ってこと?でもひとりってことは片思いってこと?)

そんなの嫌だ。
先生に好きな人、なんて。

先生が誰かに触れる、なんて。

俺のこと、抱きしめてくれないのはいい。
フラれんのだって仕方ない。
でも誰かを好きになるなんて。
誰かが先生の心、独り占めしちゃうなんて。

嫌。そんなの、ヤだ。

「―…ッ、先生!」
「んー?」

初めて。初めて真横に座る先生の肩をつかんで、強引にコッチを向かせた。
二秒後には唇に辿り着くはずだったタバコは、未だ指の間でチリチリと燃えている。
タバコを吸うはずだった唇は、俺がもらった。

何度も告白した俺と、何度も告白された先生の、
初めてのキス。

先生の唇は想像とはずいぶん違った。
もっとふわってやわらかいのかなって思ってたけど、意外にしっかりした弾力がある。
でもなんだかちょっとちっちゃい気もする。それがなんか、カワイイ。

「ん…」

こうして唇に触れることはもう二度とないのだと思うと、切なくて悲しくて、なかなか唇を離してあげられなかった。

涙が目の奥でぶわっと溢れ出す。
きっと実際に零れてしまうのも時間の問題だ。

鼻もなんだかつまってきてうまく呼吸が出来なくて、仕方なく少しだけ唇を開いた。
でもまだ離れたくなくて、先生の唇を甘噛みするみたいに何度もくわえた。

角度をかえては先生の唇を楽しんだ。
嬉しかったけど、なんだか悲しかった。

まだ嫌だ。まだ離れたくない。

涙がほんとに零れてしまいそう。
悲しい、悲しい、悲しい。
胸が苦しい。

先生、俺のこと嫌いになるかな。
このキスが終わったら先生は俺に何て言うのかな。

…俺、フラれんのかな。
無視されちゃうのかな。

先生の唇が一瞬開いた隙をついて、舌をねじ込んだ。
先生から、ん、と、高い声が漏れた。
その声に背筋がビリビリする。

絡みつく舌が、俺の体をダメにする。
頭ははじめからおかしかったけど、体までぼうっとしてきてしまう。

ねぇ、あぁ、もう本当にダメだよ。
先生、先生。大好きです。

愛しい、さみしい、悲しい、苦しい、切ない、―…愛しい。
こんなにも、好きなんです。



ずいぶん長いキスだった。
女の子とのエッチの最中ですらこんなに長いキスはしたことなかったと思う。

唇が離れたときは、お互いから吐息が漏れた。
終わった。終わってしまった。
やっぱり、悲しい。
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