BL

□ここにあったはずの
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***ここにあったはずの



どんなに彼を愛したって、彼が僕にどれだけ愛しているって言ったって、彼が今までどれくらいの女性と付き合ってきたか知っている僕は、からかわれているだけなんじゃないかといつも不安になる。

行為中、僕とは違う名前を呼ぶんじゃないかなんて。
そんなどうしようもない不安に襲われるときがある。






「菊地、くん…」

名前を呼びながら彼の指に指を絡ませる。
暖房、強すぎだ。熱い。
それでも彼に触れることを僕はやめられない。

「草野くん」

彼の声がはっきりと僕に伝わる。

「はぁっ、あ、」

外は凍えるほど寒いのに僕の体は汗ばんでいる。
狭い体の中に強引に彼を誘いこんで、必死に体を動かしているからだろう。
菊地くんも一緒になって体を動かしている。彼の顔にも、汗。

「あ、そこ…ダメ…!」
「はっ…ふふ。嘘つき」

僕の耳を塞ぎたくなるような嬌声に対し、彼は冷静に判断をくだす。

(ダメだって、本当にそこはっ)

いいポイントを突かれて僕の頭は真っ白。相手が誰だか忘れてしまうほど、快感だけに思考が奪われてしまうのだ。

僕は菊地くんとシているという事実を感じていたいのに。

彼の体が音を立てて僕に打ち付けられる。
そのたびに飛んでしまいそうな意識をかろうじて保ったまま行為は続く。

「はぁっ、あんっ」
「あと少し…!」

汚らしく足を広げて僕は彼を誘う。
いつも自信にあふれた顔が歪み、狂ったように腰をうちつけてくるこの瞬間だけは、彼は僕のものだ、と毎回思う。

「ぁあ、っあぁはっ…あぁ!」

余裕なんてお互いにない。
子どもじゃないけど、大人でもないから。

泣き叫びたい痛みと狂いだしそうな快感に二人で溺れて、早く絶頂へ行きたいとさらに体を揺さぶる。
お互いに不慣れだからそれは実にいびつな形なのだけれど、僕らはそれでも必死だった。

繋がっていることが不自然でないと示したかった。






「大丈夫?」
「ん…」

行為を終えてお互い落ち着いたころ、彼が僕を気遣ってくれた。
その声は優しく好みでは会ったけど、いろんな女の子たちにも同じ声を聞かせていたのだと思うと複雑。

「ちょっと待ってて」

菊地くんはそう言うと部屋から出て行く。

「はぁ…」

暗い部屋に、ひとりでためいき。
痛む体―特に腰―に気を遣いながら体制を仰向けに変える。

設定温度が高いとばかり思っていた暖房は行為を終えたあとはそう感じなくて、あぁやっぱり行為中は思考も麻痺するのか、なんてくだらないことを考えて。
ひとりもてあそぶ淋しさをまぎらわす。

「おまたせ」

予想以上に早く菊地くんが帰ってきた。
いつもの笑顔とスポーツドリンクを持って。

僕のそばに来てスポーツドリンクを渡してくれる。
体を起こしてそれを飲み、のどの渇きを満たしたところで僕は彼の腰に抱きついた。

「?どうしたの?」
「…ねぇ、もう一回しない?」

羞恥から目線はそらして言ったのだけれど、返事がないので僕は彼の顔を覗いた。

「むり?」
「いや、珍しいなって…」
「…明日、仕事お休みでしょ?だから…」
「もちろんいいですよ」

菊地くんはかけていためがねをまたはずし、僕の柔らかくない髪を一撫でするとキスをして、そのまま僕をベッドに押し倒した。

「ほんと、どうしたの?」

ささやいて、その場にキスを落とす。
裸の二人の体温はちょうどよく、きもちいい。

「…だって…」

肌を合わせているときだけは、安心できる。
僕のものなんだって言い切れる気がする。

行為時の安心感を、満足感を、回数を重ねれば普段も感じられるんじゃないか。…なんて。



(…暖房の設定温度、やっぱり下げればよかったな)




END

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