BL
□いおえあい1
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大雨が雪に変わった午前一時。
「泊めて!」
「圭輔!?」
連絡もなしに訊ねたのは初めてだった。
でも雪で電車が止まっちゃって帰る手段はなんにもない。
この寒さのなか、五駅先の自分の家まで歩いて帰るのは無理な話。貧乏暮らしの大学生の俺にタクシー代なんて余裕はない。
ニュースで大雪を見たらしい母親に大丈夫だって連絡をしている途中でケータイの電池が切れちゃったから、志摩には連絡できなくて。
志摩は甘くて優しい人だけど、大人だからか社会人だからかもとからなのか、礼儀とかには厳しいから、こんな夜中に連絡も訪ねたら怒るんじゃないかって、本当はちょっとだけびくびくしてたんだけど。
「なに突然!つめたっ!」
ガクガク震えながら玄関まで行けばすんなり家にあげてくれた。
怒ってるっていうよりもすごい心配してくれてるみたい。…まぁこれだけ濡れちゃってたら当然か。
俺の頬に触れた志摩がゾッとした顔をする。
肩に積もった雪を払ってくれて、手を引かれるままリビングまでのわずかな距離を少し足早に進んだ。
「電車止まっちゃって帰れなくなっちゃって…。始発まででいいからさ、家に置いてくんない?」
「え、電車止まってんの?…あーもうコートも手袋もさっさと脱げよ」
「あったかいー」
リビングは暖房が効いてて超あったかい。
志摩は高給取りだけど、ちゃんと節電とかしちゃう人だから、いつだって設定温度はそんなに高くない。
それでもここは天国みたいだ。
それだけ外が寒かったからだろうか。
でも、うん、東京でこんなに雪が積もるのってあんまないよな。
気持ちだけほっこりした俺とは違って、あわただしくリビングを出て行った。
すぐに戻ってきた志摩の手には数枚のバスタオルと、グレーのスウェットが一組。
俺の、じゃない。志摩のかな。志摩がスウェット着てるの見たことないけど。
「コート、そのへんおいていいよ」
「でも濡れてるし」
脱いだコートは思っていたよりもぐっしょり濡れていた。
傘を差してはいたけれど、横殴りの雨や雪の前じゃあんまり意味はなかったみたい。
「濡れてるもんは拭けば済むから、そんな冷たいもんさっさと手放せ。あと風呂入れてきたから、ちゃんとあったまってこいよ」
「いーよ、別に」
「ダメ。ちゃんとあったまんないと風邪引くだろ。インフルだって流行ってんだから」
「オオゲサだって」
「大げさじゃない。じゃー、一緒に入る?」
「は、入る!」
「ん」
いっしょにお風呂!と思って志摩の服をぎゅっと掴んだらそのままちゅっと軽いキスをされた。
そのまま手を引かれて、ふたりでバスルームに向かう。
俺の心臓はどきどきしっぱなしだ。
(志摩と初めてのお風呂…!!)
「あったかーい」
「…つめたい」
バスタブで足を伸ばしてようやくリラックスムード。
本当は志摩と一緒に浸かりたかったけど、まずはあったまれって俺一人だけバスタブに入れられた。まぁおかげでこうして脚が伸ばせるんだけど。
洗い場に座り込んだ志摩は俺の頬に触れ軽くしかめ面。
外にいるときよりずっとあたたかいのに。
「んっ…」
そんな表情のまま近付いてきて、深いキスをしかけてきた。
じんじんとお湯の熱さが体にしびれて麻痺しそうなそんな中、深く絡まって、決して逃がしてはくれない口付け。
それに口の中が犯されて、どんどん体の中まで熱くさせていく。
キスはしたいけどえっちなムードじゃない。
そう思っていたはずだったのに、出会った頃から志摩でいっぱいの体は正直だ。
気付けば志摩の体に腕を回して、もっと、もっとと無意識にねだっていた。
くちゅ、くちゅって、いやらしい音がバスルームに響く。
小さな音なのに不思議なもんだ。
静かな場所だから余計にひどいね。どんどん体中蝕まれていくかんじ。
「ん、う、しまぁ…」
わずかな距離すら惜しくて、少し離れてしまった唇からおねだりの色を吐き出した。
吐息交じりの誘惑を、志摩はあますところなく掬い取ってくれる。
二人の唇の間に、もう距離はない。
志摩の体が乗りかかってきて、目を瞑っていても視界が暗くなるのがわかった。
へんな体勢でつらくないかな、と思ってうっすら目を開けたら、目を閉じたえろい顔がすぐそばだったから、心臓がどきりと大きな音を立てた。
普段はあんまり気にならない、短いまつげまで一本一本見えてしまう。
「ん、ふ、…っ、しま…っ」
肩に置かれた手から伝わる体温がいとおしくってたまらない。
もっと体ぜんぶで志摩の体温を感じたくて、一度志摩の体を押し返す。
けれどぜんぜん離れてくれないのは、もどかしいけどすこし嬉しくもなるね。
「…なに」
ようやく唇を離してくれた志摩は、キスを途中で止められたのが気に入らなかったのか唇を尖らせて拗ねてみせる。
「志摩も、入ってよ。そんなとこ乗っかってなくて」
「…お湯あふれるし」
「いーじゃん、別に」
だってもっとくっつきたい。
キスだけなんて足りない。
付き合い始めてからいままで散々甘やかされてきちゃったから、こんなところじゃ止まれないよ。
「かわいくない」
ふっと苦笑いを零しながら眉間をぐっと指で押された。
不満があるとすぐに眉間にシワを寄せちゃうダメなクセ。普段は意識してるけど、無意識に出ちゃうときもある。
だからって、“かわいくない”はヒドイ。
「悪かったね、かわいくなくて」
「ごめん、うそ、かわいい」
ざぶん、ってバスタブの中に入って俺に抱きついてきた。
お湯がたくさん溢れたけど、引っ付いてるからさっきよりあったかいよ。
「シワ消えた」
「さっきまで志摩のほうがムツカシイ顔してたのに」
「かわいい」
「ちょ、話きいてる?」
「ん、聞いてる…」
聞いてるって言いながらもずっと俺の顔とか首ににチュッ、チュッって。
絶対聞いてない。
「やッ、もう、ちょっとっ」
噛まれた!
いまぜったい噛まれた!
八重歯がくいってノドに刺さった!
「志摩…っ」
「けーすけ」
完全にスイッチ入っちゃってる、この人―…。
人の首にチューしまくるし呼吸は荒いし胸触ってくるし。
溺愛って、たぶんこういうことを言うんだと思う。
「…ほんと、俺のこと好きだよね」
「うん、好き。すげぇ好き」
「ちょ、は、はやくねぇ?」
がっしり両腕を掴まれて額にキスされた。
お腹に反応しちゃった部分をこすりつけながら…。
「だめ?」
そう聞く間も、ずっと俺の顔のいろんなところにチュッチュッとキスを落とす。
こんなに甘えてくる恋人を、どうして無下にできるだろう。
「…いーよ」
動き回る顔を両手で止めて、目を見てまっすぐに答えた。
志摩のおっきな口がゆるゆるとひらいてすごく幸せそうな笑顔を作る。
見える八重歯は相変わらず鋭いけれど、目元は口元とおんなじでゆるゆる。
嬉しいからかあったまったからか知らないけれど、ほんのり頬が赤くなってる。
ゆっくり近付いて唇を合わせる。
すぐに離れて、でもまたくっついて。
くちゅ、ぴちゃって響く唾液の音がすごくヤラしい。
「圭輔のヤラしい体が丸見えでよけいドキドキする」
「は?志摩の考え方のほーがヤラしいだし」
「違うよ、圭輔の体が誘ってんの」
ひどい言葉。
「……どうせいろんな男と寝てたよ」
昔、誰かに“淫乱”って言われたこと思い出してしまった。気分悪い。
そりゃ確かに人よりえっちなことは好きだし、高校ん時は手当たり次第、みたいな頃もあったけどさ。
(いまは志摩だけなのに)
「まだ覚えてんの?」
志摩に両手を床に押さえつけられる。
上に乗られてる俺に逃げ場はない。
志摩の顔が真剣でなんかコワい。
「…なにが?」
「まだほかの男のことなんか覚えてんの?」
「え」
「…忘れなよ、忘れろよ。俺はもうほかのコなんて忘れた。圭輔の体しか覚えてない。唇も首筋も、肩も、胸も、腹も腕も足の先まで全部、圭輔の体しか覚えてない。圭輔と会えない日には圭輔の体思い出してひとりでシてる」
「…っ」
「俺のことだけ、覚えとけよ…」
普段は恥ずかしがって、そんなこと滅多に言わないくせに。
(こういうところが、ずるい)
くいっと胸の先をつままれて、思わず顔を見てしまう。
そうしたら志摩もじっとこっちを見ていて、また目があってしまった。
暗い寝室とは違って、体はもちろんだけど表情まで丸見えだ。
俺の上に乗っかる志摩の胸に、そうっと手を這わせる。
そこからどんどん下へとさがっていく。
辿り着いたのはもちろん、熱くたぎるその部分だ。
「俺だって、志摩だけがいい」