BL

□愛さなければ、よかった
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「雄一」

弟が俺の名前を呼ぶ。
まだ高校にあがる前だった弟が。

「ほんとに出てくの」
「出てくって…。自立だろ、自立」

持っていく荷物はすべてダンボールに仕舞いこんだ。
もっとも、もって行くのは最低限の服と好きなCDと本。
家具は、面倒だからと置いていくことにした。

「お前が、自立?」

自立、というのは真っ赤なうそだった。
無事に希望していた大学に合格して、親の金をアテに出て行こうとしているだけ。
俺も、弟もわかってた。

「自立、だろ」

それでも、強がりか、言い訳か、言葉を続けた。
ウケる、と弟が鼻で笑う。
昔ならきっと俺は、笑ってんじゃねぇ、と、つっかかっただろう。
けれどいまはそれすら出来ない。

「…なんか言えよ」
「寝るから出てけよ」

部屋の扉を開けて話しかけて入るけれど、弟は部屋に一歩も入ってこない。
そういえば、いつからだろう。
扉を開けて話しかけてくることはあるけれど、こいつは俺の部屋に入ってこなくなった。
小学生の頃は、しょっちゅう部屋に入って漫画だのCDだの、勝手に持っていってたのに。

「…おやすみ」
「あぁ、おやすみ」

ぱたり。
扉が閉まったら深いため息が零れでた。

(あぁもう本当に、息が、詰まる)






弟と実家で会ったのは、あれが最後だった。

実家にまったく戻らない、ということはなかったけれど、弟がいそうな時間帯は避けた。
お前と違って夜遊びがひどく、何日も家に帰らない。
そんなふうに両親にグチをこぼされるほどには元気らしいから、心配はしていない。

そんな弟もやがて高校を卒業し、大学に進学。その後は無事に就職もしたらしい。
それからあいつも自立した。つまり、家を出た。

もしかしたら、もう一生会うことはないのかもしれない。



そんなふうに、思っていた。




「なんでお前がここで寝てるんだ」
「んんんん〜…」

布団を剥ぎ取れば、ずいぶん図体のデカくなった弟が奇妙な声を発した。
なんなんだろうこのゴツさは。

「お前、また太った?」
「うるせー、ガリガリ」
「…それ嫌味のつもりならお前小学校で頭止まってんぞ」
「うっせええ」

ごろり、とベッドの上で寝返りをうった弟が、ようやく目を開ける。
眉間にシワを寄せてにらみつけているらしいが、身内の俺に通用するわけもない。

「さっさと帰れ」

剥ぎ取った布団を投げつけて、外しかけたまま忘れていたネクタイを引き抜いた。
クローゼットを開けてネクタイ、ジャケット、ベルトを元に戻す。
ひとりならこのままスラックスも脱いでシャツとパンイチで即効洗濯機へと向かうのだけれど、目の前の弟ひとりを気にしてそれはためらわれた。

「つめてぇの」

ばさり。布団を捨てた弟が、俺の腰を抱き寄せる。
首筋にかかる髪がくすぐったくて不愉快だ。

「帰れ、って言ったんだよ」
「抱いて、の間違いじゃねぇの」

色めいた、艶のある声でそう囁かれた。
あぁやっぱり、不愉快でしかないんだ。

弟の唇が、俺の首筋に寄せられる。
いつもと同じあたたかさ、なまなましくて、それがいや。
背筋がぞくぞくする。きもちわるい。

「…なんかあった?」

その言葉を、お前が言うのか。
そう思ったこと頃で、こいつがそんなことに気がつくはずもない。

肘で胸を押せば、あっけなく弟は離れていく。
こいつはいつだってそうだ。
普段は積極的なくせに困ったときはあっけなくもろい、自分の意思なんかありやしない。

「帰れ」

弟から離れてリビングに戻る。
照明はまだつきっぱなし。そろそろ十一時、今日はなんのドラマを録画してたっけ。

「雄一」

ベッドルームから声がした。
応答する義務はない、と、構わずテレビとレコーダーの電源を入れた。
テレビの中では与党がどうこう騒いでる。そういえば今日はなにかの法案が…まぁどうでもいいか。

「雄一」

録画していたのは一本のバラエティ。そうか、ドラマは先週で終わったんだったっけ。
主人公とヒロインの想いが通じあってハッピーエンド。
甘ったるくて、毎週毎週吐き気がしてた。
ヒロインの友人役の子が好きだからみ続けてたけど。あぁでも最終回には出なかったんだよ、くそ。

「好きだ」

初めて聞いた言葉に、また背筋がぞくぞくした。
バラエティが小さなプレビューの中で再生する。
あぁ、動かないのはテレビかリモコンかレコーダーか、それとも俺か。

ひやり、冷えたのは俺の指先だ。
なつかしい、なつかしい。
そうだ、あの頃とおんなじだ。
帰り道思い出した、実家にいた頃と同じあの温度。

(あぁもう本当に、息が、詰まる)




END

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