夜が朝に染まるまで

□きなこ味A
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5月

喧騒の中にいた。
万全とは言えない体調の中で望んだロンドンを目指す最後の大会でも、累はいつものようにチームを引っ張っている。

そんな累のヒーローインタビューを見ていると、なんだかなぁ、と胸が閉まる。
会場の黄色い声は、みんな彼女に向かうから。

「みなさんの応援に後押しされて出場権は取れました。ありがとうございました。でも、負けは負けです。まだまだ至らないことばかりです。チームみんなで頑張るので、これからも応援してください。よろしくお願いします」

モヤモヤしている私をよそに、マイクを向けられた累はあまり晴れた顔をしていなかった。
誰よりも勝ちにこだわる累だからこそのコメントと表情からは、少しの陰りが見て取れる。

遠くに見えた背中は、少し小さかった。

落ち込んでるというか、どちらかと言えば上の空で、ホテルに向かうバスでも、いつもは寝てるのに、今日は外を向いて窓の外を眺めてる。
私の、左手を握ったまま。

部屋に戻っても変わらなくて、ベッドに寝転んで天井を見上げてる。

「累」
「…ふぁい?」
「こっち来て」
「なんですか?」
「いいから」

不思議そうな顔をして、のそのそとやってきた累。
正面に座らせて、開かせた足の間にまで近づいて見上げると、今度は私が、その両手を握った。

「…ユメさん?」
「ぼーっとしてる」
「そんなこと、ないですよ」
「…悔しかった?」

できる限り優しい声で問いかける。
累は一瞬顔を歪めて、それからこくんと頷いた。

たがらそっと、頭を撫でた。

「言ってよ」
「…ユメさん…」
「私にもその気持ちちゃんと分けて」
「…ごめんなさい」

涙声の累が、私を抱き締めた。
震えてる背中を何度も撫でて、宥める。

しばらくそうしていると、落ち着いたのか体が離れて、少しだけ寂しかった。

「ユメさんて、やらかいですね」
「……ごはん行こ」
「スルーしないでくださいよ〜」
「はよ行くよ」

いつものように軽口を叩く累。
赤い目の彼女の頬に口付けると、照れくさそうにはにかんだ。

「行こう」
「はい」



嬉しそうな右手を、そっと握った。




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