夜が朝に染まるまで

□きなこ味A
3ページ/4ページ



6月

つかの間の休息。
OQTが終わった後の、ある日の午後が休みだった。

午前の練習と、最終確認を終えた累は、上機嫌にストレッチなんかをしてる。

「なんか…機嫌いいね」
「ふっふっふ…。わかります?」
「うん。やっぱなんもない」
「えー、聞いてくださいよ〜」

分かったって言ったわけではないんやけども、勝手に話し出すのが累で。
どうやら東京にいる幼なじみに会うんだとか。

「その息子がめちゃめちゃ可愛いんですよ〜」
「ふーん…」
「ユメさん聞いてないでしょ」

興味がないわけではない。
言ってしまえば好きな子の友達の話であって、知りたいとは思うけど、なんだかなぁって思うのが実際で。

大人気ないなぁ、なんて思いながらそれからも累の話は聞き流してた。

「ユメさんなんか機嫌悪いですね」
「…うるさ」

累が出ていった部屋には、エバが来ていた。
ニコニコしながら悪びれもなく、思ったことを言うコイツが憎らしいけど、まあそれがエバのいい所だと思う。

今は、うん、むかつくけど。

「も〜怒んないでくださいよー」
「怒ってへんよ」
「怒ってるじゃん」

なんでエバがいるんかなぁ、キラさんならこんなことないのになぁ。
って思っても、仕方ないわけで。
だからって八つ当たりするのも、違うのもわかってるから余計もやもやする。

「じゃあ気分転換にコンビニ行きましょう」
「エバが行きたいだけやろ」
「そうです!」
「………」

こうなるとエバは聞かない。
仕方なく重い腰を上げてコンビニに向かった。

「あ、テンさん聞いてくださいよ〜。さっきからユメさんめっちゃ機嫌悪いんです」
「ちょ、だから怒ってないって…」
「…何言ってんのエバ。さっき所じゃないやろ」

たまたまコンビニで会ったテンさんが、きょとんとした顔で言い放った。

「練習終わってからずっとでしょ」
「……」

あえて何も言わなかった。
って言うのは強がりで、何も言葉が出なかった。

バレてたと思ったら情けない。
コートの中なら隠せるのになぁ。

「気付いてないのはエバくらいだと思うけど」
「だから面倒なんですけどね…」

苦笑すると、テンさんは笑った。
それからテンさんは先に戻った。
私は、なんでなんでとしつこいエバを放っておいて、欲しいものを物色する。

ふと、きなこ味が目に止まった。

「…」
「無視しないでくださいよー」

鈍い黄色の小さなそれを2つ手に取ると、この半年が蘇って、なんだか泣きそうになった。
甘い香りが広がって、切なくなる。

累は今頃、何してるんかな。

「ユメさん?」
「エバはやく決めて。買ってあげるから」
「え。やった!待ってください!」

忙しい子やなぁ。
ってその背中を見ながら待ってると、フルーツゼリーを嬉しそうに持ってきた。

会計を済ませて部屋に戻る。
それから他愛のない話をして、みんなで夜ごはんを食べて、エバは部屋に戻っていった。

累はまだ、帰らない。

ベッドの上に寝転んで、天井とチョコレートを一緒に眺めると、また切なくなった。

「あほ累…」

早く帰ってこないかな。
そう思った時。

「ただいま〜!」

人の悩みの1つも知らない累の大きな声が聞こえて、体を起こした。
部屋に帰って来た累は、綺麗に着飾ってる。

「ユメさんいい子で待ってましたか?」
「……ばか」

累が近付いて、私の頭を撫でた。
生意気なくらい、可愛い笑顔で。

「さみしかったですか?」
「…」

うんって言える口ならどれだけ良いか。

「うるさい、ばか」
「え〜、もぉー、可愛いなあ〜」

俯いて、額を胸に押し付ける。
よしよしとか言いながら、累は私の背中を摩った。

「そんなユメさんにおみやげです」

優しい声に顔を上げる。
笑ってた累の手のひらには、さっき買ったのと同じ、鈍い黄色のチョコレート。

「これ…」
「お返しはユメさんでいいですよ〜」
「な、なにそれ」
「ちょっと期待してる、可愛い〜!」
「うるさいっ」

否定しないんですね〜、と笑う累。
図星やったんやから仕方ないでしょ。
言ってあげないけど。

「もう、寝るよ!」
「え〜!私まだシャワー浴びてないのにぃ〜!」

待って待ってと言いながら、シャワールームに消えていった背中を見ていると、もやもやなんて消えてたことに気が付いた。
我ながら単純やなあと思う。

だけどそれでもいいかと思えるのは、多分思ってるよりも好きな証拠で。

「おやすみー」
「えぇ、ちょっと待ってくださいよ〜!」



焦り声を響かせる累のベッドに、鈍い黄色を3つ投げ置いた。




次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ