*真夏の情事(小説)

□真夏の情事 Episode.0 キミ
1ページ/1ページ

誰でも良かった。

こだわりなんて無かったし、どうでも良かった。

本当に一瞬の気持ちで声をかけた。



その日はひどく心が渇いていた。

いつも以上に苦しくて寂しかった。

どうにかしてこの渇きを潤したかった。



同じクラスの男の子。

一度も話したことなんてない。

声をかけたのは誰でも良かったってのもあるけどチョロそうだったからってのもある。

声かけて、断られたら洒落にならない。

この渇いた心がそれこそ本当に壊れてしまう。



その子は思惑通り「いいよ」と言った。

周りの子とは違う変な雰囲気をもっている男の子で、なんだか少したじろいだ。

でも今はそんなことよりも、一刻も早くこの寂しさを埋めたかったから、気にならないと心に嘘をついた。



彼の手は冷たかった。

触り方が優しくないとかそういうんじゃなくて、単純に温度の話。

指先に血が通ってないんじゃないのって思うくらい冷たかった。

でも、手以外はちゃんと暖かかった。



人の温もりに触れて、心の渇きがとりあえず一時和らいだ。

彼はシた後、何も言わなかった。

彼に声をかけた理由を教えても何も言わなかった。

怒りもせず、喜びもせず、戸惑いもせず、驚きもせず。

なんだか全て見透かされているようだった。

ちょっぴり怖かった。



彼に名前を聞いたけど教えてもらえなくて、後日クラスの子に聞いて分かった。

彼の名は「夏丘 凉」

あんな無口な奴にしては爽やかな名前だな、って思った。



――――その日から、「夏丘 凉」という存在と良く話すようになる。



また今年も夏がやって来た。

窓の外で、約7日しか飛べない小さな命が必死に声をあげて存在をアピールしている。

暑い夏の間、何回心の渇きを潤すために彼の温もりをもらうのだろう。

ふとそんなことを思った。

窓の外から視線を彼に向けると彼はいつも通り無表情でノートをとっていた。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ