*真夏の情事(小説)

□真夏の情事 episode.1 ヒトノタイオン
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誰でも良かった。

早くこの渇きを満たせれば誰でも良かったんだ。



6月――梅雨入りをしてからと言うものここ数日、毎日雨が降っていた。

誰かに傘をパクられて、傘無しになっていたあたしは、仕方なく雨が止むのを教室で待っていた。

梅雨の雨だ。そんな簡単に止むはずない。

教室で待ち惚けながら、頭ではそう理解していた。

止まないのなら濡れるの覚悟で走って帰れば良いのに、こんなところで
ひたすら待っているのはなんとなく帰る気分じゃなかったからだ。

だから、傘がないのを理由に教室に居残っている。

自分でも無駄な時間を過ごしていると思う。

だけれど脚が動かないのだ。

意思に反して絶対に帰り道に向かおうとしない。

どうしてしまったんだろう。

帰りたくないのはいつものことだけど、こんなに頑なに体が拒否するのは初めてだった。

…それに今日は、心の渇きも強い。

心の渇きもいつものことだけれど、今日はそれが一段と強い。

脚が動かないのも、渇きが強いせいなのかもしれない。

「ふぅ…」

色々考えていたら胸に何かがつかえているような気がして、溜め息を吐いた。

溜め息を吐くと少しつかえたものが軽くなる。

「溜め息を吐くと幸せが逃げる」何て言うけど、最初から逃げる幸せが無い人は一体何が逃げるんだろう…。

窓の外の雨を眺めながら今度はそんなことを考えていた。



雨は一向に弱くならない。

校舎の屋根に当たった雨粒の音が静かな教室を包んでいた。

その音を聞いていると余計に悲しくなって心の渇きが強まる気がした。

「寂しいなあ…」

背もたれに全体重をかけながら仰け反る。

自分の呟いた言葉が耳に届くとそんな言葉を放った自分を嘲笑した。

「寂しい」なんて言ったって渇きがなくなる訳じゃないのに馬鹿みたいだ。

いつからこんなにあたしの心は渇いてしまったんだろう。


―――「気が付いたら渇いていた」と言うのが正しい。

気が付いた時にはもう、ヒビが入る程カラカラだった。

何が原因か思い出せない。

でももうこの渇きを感じはじめてからしばらく経つ。

一向に潤わない渇きは、何をしたら良くなるのだろうか。

…色々考えてしまったせいで余計に帰りたくなくなってしまった。

このまま雨が止まないのならここに泊まってしまっても良いだろう。

誰かに見つからなければ大丈夫なはず…―――

そんなことを考えた次の瞬間、教室の扉が開け放たれた。

「――ん。なんだ、藍原。まだ残っていたのか。もう帰りなさい。戸締まりを始めるから玄関から出られなくなるぞ」

「……はーい」

全然大丈夫じゃない。


言ってるそばから担任に見つかってしまった。

どうやらここにはこれ以上はいれないようだった。

仕方なく席を立ち、カバンを背負う。

「じゃ、先生、またね」

「ああ、また明日な。雨が強いから気を付けるんだぞ」

「大丈夫だよ。サンキューねっ」

先生に手を振ると、あたしは背を向け教室を後にした。

なんとか教室からは出れたけど、あたしの脚はまだ、家には向かえそうになかった。

このワガママな脚が動くまで、どこか屋根の在るところで時間を潰そう。

そんなことを考えながらあたしは下駄箱に向かった。





下駄箱には、一人の男の子がいた。



長い黒髪が左目を隠してしまっていて少し不気味な雰囲気がする。

身長はかなり大きくて正面に立ったら見上げるくらいだろうか。

だけど、ちょっと痩せていて縦に長いばかりでバランスが悪い。

そしてなぜか右手に文庫本、左手には黒い傘。

目は本だけを見つめていた。


なんだか見覚えがあるような気がするが思い出せない。

…というか、なんでこんなところで本を読んでいるのだろう。

傘があるなら帰ればいいのに。

そんでもって、本なんて帰ってから読めばいいのに。

使わないのならその黒い傘を貸して欲しいくらいだった。

「変な奴」、そう思いながらあたしは自分の下駄箱からローファーを取り出す。

そして、空になった下駄箱に今さっきまで履いていた上履きを入れて扉を閉めた。



「あ…!」



ローファーに足を通したと同時に間抜けな声が出る。

どこかで見たことがあると思ったら、目の前にいるこの男の子はクラスメイトの子だ。

全然気が付かなかった。

だけど、クラスメイトと気付いても名前すら思い出せない。

それもそのはず、この人はクラスメイトの中で唯一、一度も話したことがない相手なのだ。

顔はなんとなく分かっても名前までは「友達」にならなければ覚えられない。

あたしはそんなに優秀な頭をしていないため、話したことのないクラスメイトの名前など覚えているはずがなかった。

少し不気味な雰囲気のクラスメイトの背中を見つめながらあたしは考えてみた。



どうせこのあと行く宛もないし、ちょっとこの人を誘ってみようか―――…。



ちょっとした好奇心と寂しさを埋めたいという欲がそんな気持ちを生んだ。

自分では潤せない、この寂しくて渇いた感情がもしかしたら他人でなら潤うかもしれない。

実践なんてしたことなくて保障なんか何もないけど、もしかしたらってこともある。

この人、見た目ひ弱で軟派そうだし、きっと上手く行く…。

相手なんて誰でも良いんだ。

ただ今は、早く渇きを潤したい。

それに、帰りたくもなかったし、なにより誰かに傍に居て欲しかった。



「…ねえ―――」



あたしはゆっくりと口を開いた。





あたし達は学校を出てすぐに、近場のラブホテルに向かった。

一番安い、シャワールームとベッドしかない簡素な一室。

全体が淡いピンク色に統一された「いかにも」という部屋だった。


初めてナンパなんてしたけれど無事に上手く行った。

予想通り、クラスメイトの男の子はあたしの誘いにのってきた。

あっけなさ過ぎて逆にびっくりしてしまった。


ホテルに着くなり、すぐに制服を脱がされた。

初めて男の人の前で下着姿になった。

そして、初めて男の人の体を間近で見た。

制服を脱いだその下のクラスメイトの体は予想外に筋肉があって、細身ではあるもの、しっかりしていた。

着痩せする子なのかもしれない。

あたしを脱がせて、自分も服を脱いでいるクラスメイトを見ながらそんなことを考えた。

雑に置かれたあたしの制服の上に男の子は脱ぎ終わった自分の制服を放り投げた。

相手も下着だけになると、あたしはゆっくりとベッドに押し倒された。

渇いた心が激しく脈を打つ。

自分から誘ったとはいえ、処女のあたしには初めての経験でちょっと緊張してしまっている。

「…こういうこと、良くしてるの?」

「え?」

あたしに覆い被さりながら低い声で耳元に囁かれる。

「…良くしてるどころかアンタとヤるのが初めて」

「ふーん。」

少しバカにしたように呟かれる。

その言葉にムッとしているうちに、いつのまにか下着を剥がされていた。

「っ…――――」

男の子は無表情のままあたしの体を眺めて、ゆっくりと撫で始めた。

素肌に触れるクラスメイトの大きな手。

びっくりするほどその手は冷たくて、触れられたところがヒヤッとする。

「手、冷た…っ」

あたしがそう言ってもまぶた一つ動かさずに男の子はあたしの体を撫で続けた。

頬、首、肩、胸、腹、足…ゆっくりと丹念に撫でられて、体が火照り始める。

氷みたいなその手はその温度に似つかわしくない程優しく動く。

体全体を撫で終ると、次に足の間へと手は滑り込んでいった。

「あっ…」

びっくりして声が上がる。

次第に水音が激しくなっていく。

初めての経験でもさすがに分かる。

あたしは男の子の手によって、気持ちよくなっているのだ。

渇いた感情しかないあたしの心が少しずつ潤っていく。

人肌に触れて、優しくされて、渇いた心が水気を帯びていく。

本当にこんなことで、潤うだなんて思ってもみなかった。

触れられて満たされるあたしをもう一人の自分が内側から冷静にこの状況を眺めていた。

「…掴まって」

「う、うん」

指が抜かれて、いよいよなんだと悟る。

あたしは男の子に言われた通りに男の子の首に両手を回した。

肌同士が密着する。

擦れあう肌から感じる相手の体温。

その温もりに、心は更に潤ってなんだか泣いてしまいそうになった。


「っ……あっ――――」


ゆっくりと入り込む確かな熱。

「っ…!?い、たい…!」

初めては痛いとよく聞くけど、こんなに痛いだなんて。

裂けるような痛みを言葉で訴えると、男の子はあたしをキツく抱き締めてくれた。


「動くよ」

「っ…!」

あたしも強く抱き締め返すと男の子はゆっくりと腰を動かし始めた。

あたしを抉るように動くそれに合わせて、自然と声が出てしまう。

痛みと快感と恥ずかしさに頭がおかしくなりそうだった。

溢れ出す汗が混ざり合って滴り落ちた。

男の子を抱き締め、男の子の体温に抱き締められながらあたしは「これがセックスなんだ」と認識していた。

こんなに人肌に触れられる行為は他にはないのだろう。

好きな人とではないなんていう事実はあたしには関係なかった。

今感じている温もりだけがあたしが欲しかったもの。

渇いた心を潤す最高の薬。

あんなに渇ききっていた心が今は満たされた気持ちでいっぱいだった。

「気持ちよくなれてる?」

「う、うん…っ」

「俺も。気持ちいいよ」

男の子はそう言ってニヤリと笑った。

そういえば笑った顔を見たのは初めての気がする。

さっきも、いつものクラスでも、この人が笑ったところを見たことがなかった。

…下手くそな笑い方。

素直にそう思ってしまった
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