*liar heart(小説)

□liar heart 第一話
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ベッドのスプリングが軋む。

繋いだ手に一段と力が入る。

唇から吐息が漏れる。

互いの体温が激しく溶け合う。




雪がしんしんと降り積もっている真冬の今日。

私は彼氏の歩夢と身体を重ねていた。

今日は今年の中で一番寒い日だと天気予報が予報していた。

しかしこんな寒い日に歩夢の部屋のエアコンが壊れてしまい、私達は冷えきった部屋の中で、お互いを求めあっていた。

口から吐き出される熱い息が空中で白く広がる。

部屋に来た当初はすごく寒く感じたけど、今は身体の芯まで確かな熱を感じる。

身体が熱い分、外気の冷たさが心地よかった。

「こころ…ちゃんと気持ちよくなれてる…?」

「ん…気持ちいいよ、歩夢」

「ぼ、僕も。こころが中、すごい絞めるからもう出ちゃいそう…っ」

そう言って歩夢は腰を激しく突き出す。

擦れ合った場所から酷い快感が埋まれ、喚声が飛び出した。

「ああっ!!」

「ここ?ここがいいの?」

「んっ…!」



歩夢はすごく優しい人だ。

自分のことより先に必ず私のことを考えてくれる。

私の嫌がることはしないし、私の我が儘も沢山聞いてくれる。

だからエッチの時だって、私を気持ちよくさせようって必死に頑張ってくれる。

私は歩夢に愛されている。

歩夢の言動一つ一つが、そう言えるような確かな自信を私にくれていた。

「こころ…っ。こころのこと、大好きだぞ…」

「うん…っ」

歩夢が私を強く抱き締める。

腰の動きが早くなる。

歩夢の額に沢山の汗が滲み始めた。

その様子に、彼がラストスパートに入ったことを悟り、私も強く抱き締め返した。

深い口づけを交わしながらお互いの身体にしがみつく。

「んっ、ああっ――――!!」


深い繋がりと確かな愛を感じながら、私は歩夢と共に果てた。





「本当に一人で帰れる?」

「うん、大丈夫だよ。じゃあ、またね」

家まで送る、という歩夢の申し出を断り、私は歩夢の家を出た。

歩夢は玄関先まで出てきてくれて、私は歩夢の家の前の曲がり角を曲がるまで、彼に手を振りながら歩いた。

次第に霞んでいく歩夢の姿。

曲がり角を曲がったことで、その姿は完全に見えなくなり、私は振り返り、前を向いて歩き始める。


「……寒いなぁ…」



両手を擦り合わせながら小さくそう呟く。

朝から降っていた雪は、午後八時を回った今もなお、降り続いていた。

寂しいくらいに静かな帰り道に、積もった雪を踏みしめて歩く私の足音だけが響く。

柔い街灯の光に照らされる粉雪が幻想的で美しい。

「―――あ、歩夢からメール…」

バッグの中から僅かにメールの着信音が響いた。

歩夢専用の明るい曲。

彼だけ他の人とは違う曲を設定しているのですぐに差出人が分かる。

立ち止まってメールを確認する。


『受信メール

差出人:相良 歩夢

宛先:花風 こころ

タイトル:気を付けてね

本文:歩夢です。
雪が降っている上、真っ暗だから気を付けて帰ってね。

こころに何かあったら俺、おかしくなっちゃうかもしれないから(笑)

それと、今日はありがとう。会えて良かったです。
身体に沢山負荷が掛かって疲れているはずだから、家に着いたらゆっくり休むんだよ!

じゃあ、また明日。

こころ、愛してるよ。』


メールを読み終え、私は早速返信をする。


『送信メール

差出人:花風 こころ

宛先:相良 歩夢

タイトル:メールありがとう!

本文:メールありがとうございます

ちゃんと気を付けて帰るから、心配しないでね

こちらこそ会えて嬉しかったよ!

ではでは

こころ』



「ふぅ…」

早速制作したメールを送信する。

送信完了画面を見届けた私は携帯をカバンに入れて、また歩き出した。


「愛してる…か」


歩夢はいつもメールの末尾にその一文を入れてくれる。

交際を始めた日から、必ず。

最初は戸惑ったけれど、しばらくするとこれも彼なりの愛情表現なんだと分かり、気にならなくなった。

だけど最近、その一文に引け目を感じる自分がいる。

歩夢の真っ直ぐな愛が、今は息苦しさに繋がっている。


―――私は見失ってしまっていた。



歩夢を好きだという気持ちを。

あんなに優しくて私を愛してくれている人を、私は愛せていないかもしれない。

歩夢が嫌いなわけではない。

ただ、付き合いたての頃ようなドキドキとしたような感覚が今の私には無かった。

「はぁ…」

歩夢のことを考え、悩み始めると心が重くなって歩く足も重くなる。

今は早く帰った方がいいし、歩夢のことを考えるのは家に着いてからにしよう。

そう思い、気持ちを切り替えて歩き出そうとしたその時――――


「っ―――!!」


私は何者かに背後から雪の上へ押し倒された。

「やっ……!」

ドサリと倒れこむ身体。

受け身がとれないまま、私は両腕から倒れ混んだ。

状況が理解できなくて混乱したまま後ろを見ると、そこには見覚えのない男性がいた。

男性は私の上に覆い被さるようにして私を押さえながら、口をグニャリと歪ませて笑っている。

本能が危険信号を送っている。

一刻も早く逃げるべきだと頭の中に声が響く。

しかし私の足は激しい恐怖に震え、全く力が入らなかった。

「…や…やだっ……」

「お嬢ちゃん、駄目じゃない〜。こんな夜遅くに一人で真っ暗な道歩いてたら危ないでしょ〜??はははっ!」

愉快そうに大きな声でそう笑う男性は、笑いながらすごい力で私の身体を反転させた。

顎が長くて髭の濃い、汚い顔が視界に入る。

この男性が私に何をしようとしているのか、混乱している頭でもすぐに分かった。

…このままでは私は強姦(ヤ)られてしまう。

なんとか逃げようと身体に力を入れるも、恐怖に怯えた身体は言うことをきかない。

強い恐怖に涙が溢れてきて、私の頬を湿らせた。

「お嬢ちゃん、ちょっと寒いけど我慢してねぇ?一発、一発だけだから、さ!!」

「いやああああっっ!!」

喉から震えた悲鳴が出ると同時に強い力で私の着ていたコートが剥ぎ取られる。

弾けたボタンが雪に埋まっていく。

男性は乱暴な手付きで制服にも手を伸ばす。

「いやあっ!!やめてっ!!やめてよぉっ!!」

「ちょっとだけ。ちょーっとだけだから、ね?好きな男の事でも考えててよ」

「放してっ!!やだあっ!!やだよっ…やだっ、あっ…!」

男性の冷えた手が私のスカートを捲し上げて太股に触れた。

「誰か…っ、誰か助けてぇ…っ!!」



必死に叫んでも声は雪に吸収され、私の耳には自分の泣き声ばかりが響いていた。

私はこのままこの男性に犯されてしまうのだろうか。

私が犯されたことを知ったら歩夢はどんな顔をするだろう。

頭の中には悲しむ歩夢の顔ばかりが浮かんでいた。



力では敵わず、助けを求めても誰もいない。

絶望的な状況に、私の声は次第に弱々しくなっていった。

いつのまにか抵抗も止め、されるがままになっていた。

「ん?お嬢ちゃん、やっと諦めてくれた?はははっ。素直なイイコだねえ」

「……あゆ…む…。ごめ…ん…ね」

「あーれれ?目が虚ろだよ?もしかして、怖くておかしくなっちゃった?まあ、いいか」

右手に握った学生鞄の中に自分の携帯が見える。

ボヤける視界の中、それを眺めていると携帯が突然淡く光り出した。

そして、着信音が静かな街に大音量で鳴り響く。



「うぉっ!?」



突然の音に男性が驚き、一瞬私を抑える力が揺るまった。

私はその瞬間を逃さなかった。



一瞬の隙をつき、相手の手から逃げる。

「あっ!!」

男性から逃げた私はバッグを抱え込みながら全力で走り出した。

涙も、雪も、汚い制服も気にしていられなかった。

私はただひたすらに走った。

家とは逆方向に走っているかもしれないが、今の私にはそんなことを気にしている余裕は無かった。

「はあ、はあ…っ」

実際には怖くて振り返れなかったけど、男性が追いかけてきているような気がした。



夜風と雪と、私の吐息が頬を切る。

しばらく走っても安心できないまま走り続けて、私は1度も見たことのない道にいつのまにか入り込んでしまっていた。

さっきの住宅が少ない静かな道とは違い、街灯も程よくある上、民家の多い所だった。

各々の家の窓から、中の光が柔く漏れている。

人気(ひとけ)のあるその雰囲気に少し安心し、私は徐々に走ることを止めて歩き始めた。

歩き始めると、手や身体が酷く震えていることに気が付いた。

携帯をいじり、誰かに迎えをお願いしたかったが上手く文字や番号が打てそうにない。

―――…それに、例え震えが治っても、私には迎えをお願いできる人物など誰もいなかった。



「……どう、しよう…」
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