短編集用本棚。

キエタもの。
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ごめんね――――






彼女がそう言い残して、私を置いていった。



虚ろな毎日。

しかし時は無情にも過ぎていく。
それは地獄も例外ではない

それが私にとって、苦痛の何者でもない



彼女が好きだった、よく幼き頃にも口ずさんでいた歌を歌ってみる


彼女がそれにつられて、帰ってくるんではと思って。




『...〜♪舵を切る――』




声は虚しく部屋に響くのみ

いつもこんなことを彼女と過ごした部屋の中でしてしまう。
もはや癖のようなもの




――見て!この子、笑ったよ!!かわいい〜――





チラリと大きくなった彼女との宝物を見やる
見れば見るほど、彼女の輝いた目に似ている

それが余りにも悲しく、辛く心の蔵に突き刺さる
立派に育てなくてはいけない。


彼女と最後に交わした約束事





――私たちの、宝物をお願いします――





...大丈夫だろうか。
不安と哀しみと怒りと―――

色んな感情が入り混じる日々。
この子に悟られぬよう押し殺す日々。

幼子とは、己もよく味わった経験なのだが、とても敏感で直感や表情をよく見ている

あの頃の私もそうだ。
村に居た頃は、大変だった。

どう取り入ろうか、どう話そうか


しかし彼女と出会い、色々な感情が溢れ出るように――彼女が私の全てを引き出してくれた





『.....逢いたい、です』




涙など流すような性質ではありませんが、何かが溢れているのは自分でも分かります

毎日毎日、夜が更けると何かがこぼれ落ちていくのが分かるんです



そしてそれを感じながら、我が子を見守り眠りにつく日々



――私も、大好きだよ。鬼灯くん――

――『貴方に、貴方に一度でいい
    お逢いしたい...』――――













ここは、船の上?
霧がかった薄暗い森の間にある川をゆっくりと漕いでいる?


目の前には愛おしいあの方。

...あァ、





『...行ってしまわれるのですね』

「うん。ごめんね」




あの時のように彼女が謝ってくる
その言葉がどれほど私の心を抉るとも知らずに




『何故謝るのです。貴方が決めたことでしょう?』

「そうだけど...あの時の君の顔がどうしても忘れられなくて」




あのときの顔?
あぁ...貴方のあんな無惨な姿を見てしまえば、誰でも―――





『...先程まで忘れていた方が何を言っているのです』

「ふふっごめんって」






恐らく彼女の記憶の全ては、行く事に無くなってしまうだろう
それがこの世の理ですから。

ですが、一時的でも思い出してもらえたのなら...もう満足です

彼女とこうして逢えたのですから



そして、これが覚める頃には私も――――――







「...またこうして鬼灯くんに逢えて嬉しい」

『...ええ。私もです』




それが例え一瞬の出逢いだったとしても。
私と彼女にとっては、その一瞬が全て

彼女が私の頬に触れる
その手がとても冷たくて...

生きていた頃の確かな温もりがないことに、更に心が抉られる


彼女はもう、私の遠いところ居るという事を改めて痛感させられる






『...冷たい、ですね』

「...ごめんね。」





更に抉られる。
もう、私の心は穴だらけだろう

彼女の表情が少し曇り、私を見てくる

私は貴方の笑顔が見たい
私は貴方の、笑顔が大が二つつく程好きです







「あ、」

『......』




気づけば私は彼女から遠くなっていた。
いつの間にか立って居た。

そう、ですか...





『さようなら。希和』

「鬼灯くん、...私が好きだった歌を、歌って!」





貴方の好きな歌―――
私が哀しみを隠すためにしか歌えなかった彼女の好きな曲




『...はい』






――〜〜♪どうだろう 僕には見ることができない

 ありふれた幸せ――







またどこかから何かが溢れるのを感じる
彼女が遠ざかっていく

行ってしまう。逝ってしまう...





『希和...また何処かでお遭い致しましょう』






彼女を乗せた船はゆっくりゆっくりと淡く光を纏い、

私の目の前は暗くなる













『...また今日が始まってしまうのですね』

「父様?」


『なんですか。和季』





朝がまた無情にやってくる
彼女の居ない日がまたやってくる

何者にも塞げるもの等いない、大きな穴を開けたまま朝が陽を照らす






「母様がね。父様に宜しくって言ってたよ!!」

『...何を言っているのですか。』

「さっきまでね母様、居たんだよ?」


『...もうよしなさい』





この子は何を言っているのだろうか。
彼女が居るはずがない

私がしかと、この目で最後を見届けたのですからね





「本当ですってば!!ほら。これ置いていったよ」

『...これは』





これは確か、彼女が生涯ずっと身につけていたペンダント。

一緒に寄り添わせたはずですが...







「中身見てみてって言ってたよ!!」

『.....中身』




パチン






『...あァ』

「何なにー?何が入ってるの?」







幼子の時に撮った写真、

下にもまだ入っている







『...やってくれますね』

「??父様ー」






彼女と、私と宝物が産まれた時の写真がペンダントに貼られている

...本当に、本当に来て居られたのですね






――ありがとう。バイバイ――




『...私の方こそ、ありがとうございました』

「父様?」





ぎゅっと我が子を抱きしめる
ようやく、ようやく大きく開けた穴が少し埋まった気がした

安心なさい。この子は――和季は私が立派に育てますよ


ですので、貴方は頑張った分を取り戻すために少し休憩しながらそこで見ていなさい





そして、
また何処かでお逢い致しましょう―――――。

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