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□鬼灯
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忘れられないはじめまして



「あそこに行くならこれを持っていきなさい」
そう言って鬼灯がりりに手渡したのは手ごろなサイズの金槌

「え、私…あの…漢方を処方してもらいに…」
「はい、ですからこれを」

先日、勤務中に貧血を起こしたりりは閻魔大王に極楽満月を勧められ漢方をもらいにいくところ。
上司の鬼灯に半休の許可を取ってから行こうと思い伝えると「極楽満月」と口にした瞬間苦々しい顔をして、机からおもむろに金槌を取り出し渡してきた。
漢方をもらいにいくのと金槌となんの関係があるんだろ?
りりが小首を傾げると苦々しい顔をそのままに鬼灯は説明した。

「あの店には汚らわしい獣が住み着いているんです。もし襲われたらりりさんなんてひとたまりもないですからね。普段は人の形をしてますが、油断してはいけませんよ。白衣に三角巾を着けた怪しい男が話しかけてきたら『桃太郎さんに薬をもらいにきました』とだけ答えなさい。絶対にふたりっきりになってはいけませんよ。それでもしつこくしてきたらこれで額を叩くのですよ。」

「はい!わかりました鬼灯様!」

まるで小さな子どもに言い聞かせるように説明されて、りりは怯えながら大きな声でお返事した。






「ごめんくださーい!桃太郎さんに薬をもらいにきましたー!!」
極楽満月についたりりは戸を叩いていた。
基本的に休みは無いと聞いていたのだが、戸は閉まっていて先ほどから返事も無い。

りりは仕方なくそこら中で草を食べている兎を眺めてしばらく時間を潰すことにした。
ぺたりと草の上に座り込むとまるでどうしたの?と聞くように兎達が寄ってきて首を傾げる。可愛くって思わずもふもふ。もふもふ。ああ可愛い。シロ君みたいにお喋りな子も可愛いけど無口なのは無口なので可愛いなあ。
「あれぇ〜?お客さまかな?迷子さんかな?」

間延びした声が聞こえて振り向くと、極楽満月の中から寝間着の男が扉を開けるところだった。何処と無く鬼灯に似ているが、見るからに優しくて柔らかそうな笑みを浮かべている。
「あ!極楽満月のお店の方ですか?こんにちははじめまして!私、鬼灯様の部下のりりっていいます!閻魔大王の紹介で漢方を処方してもらいにきました!」
ぴょこんっと立ったりりは一息に挨拶を済ませた。鬼灯から部下として恥ずかしく無いように挨拶はきちんとしなさいと教えられているのだ。
「はい、こんにちは〜はじめまして。りりちゃんって言うんだ。可愛い名前だねえ」
にこにこふわふわ優しく返事を返されてりりもつられてにこにこふわふわ。
鬼灯様って言った時にちょっと眉が動いた気もしたけど。
「おいでおいで、中でクッキーご馳走するよ。りりちゃんは今日どんなお薬が欲しいのかな?」
ここでも子ども扱いだ、やっぱり鬼灯様と似てるかも。手招きされたりりはこくんと頷いて極楽満月に入る。お薬くれるってことはこの人が桃太郎さんなのかな?
「えっと、最近貧血になることが多くてそれに効く漢方があればなって」
「うわぁー、あいつの下で働いてるんだもんねぇ?酷いことされてない?あ!この前疲労回復に効くお茶を手に入れたんだよ。飲んでみなよ」
言うなりカチャカチャとお茶菓子まで用意しはじめてりりには断る隙もない。
「さあさ、召し上がれ〜。それにしても随分可愛らしい部下を取ったんだねあいつ!羨ましいなあ、僕のところで働かない?」
「いえいえ、お薬なんてさっぱりで…」
「大丈夫!りりちゃんなら手取り足取り教えてあげるよ、僕のとこならこんなクマが出来ちゃう程働かせたりしないよ?」
さりげなく、嫌じゃない程度にすっと顔に触れられてドキドキ。口からでる言葉はどれも褒め言葉で恥ずかしい反面嬉しく嫌味が無くて心地良い。気づけばお茶のおかわりを2回もしてすっかり居座ってしまった。りりが気づいたのは3杯目のお茶を飲み干してから。
「あ、私そろそろお暇します!これからお香さんとご飯の約束があるので」
「ごめんね、ついつい楽しくて引き止めちゃった。今漢方もってくるからね」
そう言うと奥の扉に入ってガサゴソと薬を取り出している。
桃太郎さんって本当にいい人だなあ、また何かあったらここでお薬お願いしようっと!
奥から出てきた桃太郎は両手に薬を持っていた。さっきまでは付けてなかった白い白衣と三角巾をつけて。
………ん?

白い白衣と三角巾…

『あの店には汚らわしい獣が住み着いているんです。もし襲われたらりりさんなんてひとたまりもないですからね。普段は人の形をしてますが、油断してはいけませんよ。白衣に三角巾を着けた怪しい男が話しかけてきたら』

………っは!!
どうしよう!この人桃太郎さんじゃない!がっつりしっかり話し込んじゃったよ!
「あ…う……あのっ」
「ん?どうしたの?あ、こっちが貧血に良いので、こっちがストレスにいいやつだよ」
「あの、桃太郎さん……を……あっ」
「あ、タオタローくんに用事があったの?今漢方を出前してもらってていないんだよね」

『絶対にふたりっきりになってはいけませんよ』
ふたりっきりだ!
「あわわわわ」
「りりちゃん?どうかした?」
すっと顔を近づけてきた白澤。りりは懐から金槌を取り出すと、目をつぶったまま振りかぶった。

ごつんっ!






「りり君、白澤君に突然殴りかかったんだって?」
「うわああああ、違うんです本当にあれは勘違いで」
漢方を処方してもらって親切にお茶まで頂いた相手を金槌で殴り倒すなんて鬼の所業だ。丁寧に謝って思いつく限りのお詫びの品を送ってそれでもりりの心は罪悪感でいっぱいだった。理由を話したらへらりと笑って許してはくれたけど。それもこれも、全部普段冗談なんて言わない上司のせいだ。
「もう!どうしてあんなこと言ったんですか!鬼灯様!」
それはもちろん
「育ててきた娘がろくでもない男に取られるなんて嫌でしょう。」
それと一緒です。
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