HQ -short-

□ポニーテール
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じっとしているだけでもじんわりと汗ばむ季節がやってきた。


「っしゃあ!」

HRが終わり、俺はいつも通り猛ダッシュで体育館へ向かうべく気合いを入れる。
夏の暑さが、俺の勇猛心をかきたてた。



「うおお「トビオくーん!」



俺が教室の前のドアへ向かって走り出した時だった。


「いっしょに部活いこー!」


後ろのドアから俺を呼ぶ彼女の、頭の高いところでひとつに縛った髪が揺れた。









くそ…ッ
このバカ!集中しろ!

練習中、バレー部のマネージャーである名前先輩に、自然と目を奪われる。



数十分前のこと。
普段は髪をおろしている彼女は、その長い髪を空色のヘアゴムでひとつに縛り、教室まで俺を迎えにきた。
先輩のポニーテール…初めて見た。

「今日は1年生よりもちょっと早く終わったんだー!
だからね、迎えにきちゃった!」

そう言ってにへっと笑う。
先輩は2年生で、俺よりひとつ歳上。
俺たちが付き合っていることは、言うまでもない。

今日は猛ダッシュ駆け込みは中止して、先輩と歩いて部活へ向かうことにした。
と、ついでに聞いてみた。
なんでまた今日は、珍しく髪を結んでいるのか。

先輩は嬉しそうに笑いながら、
「えへへ、気づいてくれたかあ〜
最近暑くなってきたでしょ、
汗で髪が肌に張り付くのいやでさ、」
似合うかな?と首をかしげて見せる。

「か…ッ、可愛いッス」

俺が褒めたのが意外だったのか、彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに頬を染めて笑った。




そして、今だ。
髪を上げているということは、いつもは隠れている場所が丸見え…ということで。
ふと気を緩めてしまうと、先輩のうなじを、首筋を、舐めるように見てしまう。
そこを伝う一滴の汗が、なんとも言えない色気を放ち、俺の平常心を…掻き乱して…………



「うおおおお!?影山!?ちょっ、影山が鼻血出したぞー!!!!!!」

俺のトスでスパイクを打とうとしていた田中さんが叫んだ。


俺…鼻血…?
しまっ………!?

「飛雄くん!?大丈夫っ!?」

真っ先に俺のもとへ駆け寄ってきたのは、ボール拾いをしていた名前先輩。


「あっ、えと、俺ちがくて…!その」

「大地さん!私、飛雄くん保健室に連れていきます!すぐ戻ります!」

「影山、少し安静にしとけ。苗字、頼む。他の皆は練習続行ー!」


先輩を見ていて鼻血を出してしまったことをなんとか弁解しようとあわてる俺の手を引いて、先輩は歩き始めた。




ガララッ

「失礼します…ありゃ、先生いないかあ」

保健室に着いたのだが、あいにく先生がおらず、先輩は俺をベッドに座らせ、ひとまずティッシュやら氷やら持ってくる。
俺はそれに従い、ティッシュを鼻に詰め、氷を当てた。

「先輩、その、あざっす」

「どういたしまして。
それにしても、私が保健委員でラッキーだったね」


言いながらベッドの傍にある椅子に腰掛けようとした先輩の手を、今度は俺が引き、隣に座らせる。


「どうしたの?」
先輩は優しい瞳で俺を見つめる。

そんな彼女なら許してくれるだろうと思い、

「先輩の」
「うん?」
「うなじ、」
「?」
「汗、エロくて…」
「え」
「鼻血…スンマセン」

少し俯きがちに言えば、途中から先輩の返答がなくなって、顔をあげると、

思いの外、彼女は顔を真っ赤にして口元をおさえていた。

「あっ…えっと、飛雄く、ご、ごめんね…!鼻血、私のせいだね…!ポニーテールにしたの、暑いのもあったけど、ほんとは…イメチェンして、飛雄くんに少しでも可愛いって思ってもらえたら、って…せっかくの練習時間、」

今度は先輩の方が俺から目をそらして、慌てていた。



うわ、俺。
何言ってんだよ、バカか。
と、自分の言葉を振り返って頭を抱えたくなったものの、
先輩の反応が可愛いくて、つい…



「名前先輩、」
「へっ」

俺は先輩の首すじに顔を埋めた。

「とび…っ!? や、私たぶん、汗臭いから…っ」

と先輩は俺を引き剥がそうとしたが、俺は彼女の背中に腕を回し、逃げられないよう包み込んだ。

「嘘、先輩すっげーいい匂いする。甘い」

耳元で喋っているせいか、先輩の赤く染まった小さな耳が、ピクッと動いた。

俺達は未だ、手を繋ぐことしかしていない関係だ。
いきなり抱きしめられ、慣れていない先輩はしばらく黙っていたが、耐え切れなくなったのか口を開いた。

「とびおくん…私、すぐに戻るって」

「先輩、俺、先輩とキスしたい」

「はッ!?!!? だ、だめだよ飛雄くん、今一応、部活中だか「先輩の、せいッスよ」

「うっ………」

「名前先輩」


俺はズルイとは思いながらも、自分のせいだと言う先輩の言葉に乗っかった。

すると先輩は観念したかのように、しかし恐る恐る、真っ赤な顔を上げて、瞳を閉じた。


くそ…ッ!
可愛いすぎじゃねーですか、コラ。



俺はそっと、抱きしめていた手を彼女の肩へ持っていき、
彼女の唇に自分のそれを押し付けた。


ティッシュを鼻に突っ込んだままという、かなり格好悪い状況の中で。
俺は念願の、彼女とのファーストキスを果たしたわけだ。




こうして結局、俺達は一緒に体育館へ戻った。

「おー!遅かったなお前ら!」
西谷先輩が指摘すると、
「保健室でイチャイチャですか、コラ!」
田中さんが俺の肩を叩いく。
「こーら、田中!一応影山、怪我人みたいなもんだろ。やめなさい」
笑顔の菅原さんが田中さんの横腹にチョップを決め込み、でも目は笑っていない。

「あ、あの、すみませ、そういうのじゃ、ないので、ほんとに…っ」

田中さんの発言にさっきのことを思い出したのか、名前先輩はまた赤面していた。


そこにいた部員全員が、彼女の反応から何を想像したのか、俺に向けた顔には、
“ 影山コロス ” と、そう書かれていた。
まぁ、日向は何のことかさっぱり、って顔してたけど。


「ほら、影山戻ってきたなら練習再開するぞー!」

主将の呼びかけに、野次馬たちはぞろぞろと持ち場に戻っていく。

「影山ー!こっちのコート!トスくれー!」
日向がぴょんぴょん飛び跳ねながら俺を呼ぶ。
俺も先輩の横を通り抜け、コートに入る…と、その前に。


「名前先輩、好きです」

さっきと同じ方の耳の側で、こっそり、でもしっかりと、俺から彼女へ、2度目の告白をし、コートへ走った。


自分でも照れくさくて、振り向きはしなかったけど…
きっと彼女はまた、りんごみたいに顔を真っ赤に染めているんだろうな。
 

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