夢旅

□臆病者の覚悟
1ページ/3ページ


火星に行くまであと数日間、クルー達は親しい人と会いに行く時間が設けられ、ほとんどの人は今この施設にいなかった。



「………家族か」
私は、一人でいるのは寂しいし、なんだか居心地悪いので、施設の裏の誰も来ない所で座っていた。
横を見ると、パイプが誰かに蹴られたのか、ぐにゃりと曲がっていた。



「………………」


私の家族は、世間一般でいう『普通の家族』ではないらしい。

お父さんは、小さい時に事件に巻き込まれて亡くなった。

お父さんは、刑事だった。正義感溢れていて、ドラマに出てくる人のようだったらしい。

お母さんは、お父さんが死んでからというもの、必死で働いている。最初は私を養うためなのだ、と思い、私もアルバイトをしようか?と言ったとき、いきなり怒鳴られて叩かれた。


お母さん曰く、近所の人や周りの人の憐れみや、好奇心の目が耐えられなかったそうだ。だから、『一人でも子育てできますよ』とアピールするために働いているのだ。…お母さんは、私よりも世間体を守るために必死なのだ



………これを知ったとき、ショックを隠せなかった。


私の家族は、その事件を境に壊れていったのだ。



………今思うと、皆は私のことを気づかってくれていたかもしれない。私は、お菓子などのスイーツは作れるが、他の料理はさっぱりだ。だから昼になると、皆が私の焦げたおかずを一つずつ持っていき、空っぽになった弁当におかずを分けてくれた。

………ああ、本当に嬉しかったな

人は失ってから、大切なものに気づくってよくいうけど、今なら分かる気がする。


………………でも、まだ帰れないと決まったわけじゃない…!落ち込んでいられないね…
火星に行くのに、こんな調子じゃダメだ。




『…あなたは今どこで何をしていますか?……この空の続く場所にいますか』



歌は好きだ。歌っている間は、嫌なことも全部忘れてしまうから。



歌っていると、周りに蝶や猫が集まってきた。
知らないうちに、力を使ってしまったようだ。私の力は、いろんな生物に影響を与えるらしく、無意識に使ってしまうと今みたいになる。

「…君たち、私の声を聞いて来ちゃったの?」
膝の上にのった猫を撫でる。………フサフサして気持ちいい……

歌っていると、上から何かの影が遮った。


「ありゃ?先客がいたか」
「……!こ、小町艦長?!なんでここに……」
いきなり、窓から現れた小町艦長は私の隣に座った。
「コーヒー飲める?」
手に持っていた缶コーヒーを一つ渡される。
「あ、飲めます。………ありがとうございます」
小町艦長からもらい、開けて温かいコーヒーを飲む。

しばらく黙って、猫を撫でていると、小町艦長は口を開いた。

「……聞こえたよ。はるかの歌。いい歌だな」
思わず、むせてしまう。
「き、聞いてたんですか……」
「ああ、……その歌は君の家族に向けた歌か?」
「………」



『家族』



………その言葉に目の前の景色が固まって、動けなくなる


「………そう、ですね……」
頭が痛くなる。私の変化を感じとったのか、指にとまっていた蝶がヒラヒラと顔の前を舞う。

「……はるかの力はとても不思議な力だな。その蝶や猫は歌っていたら来たんだろう?」
「そうですね、自然と………」
「………きっと、はるかのことが心配で皆来たのさ」
「………私を?」
思いもよらなかった言葉に目を丸くする。………そんな歌い方をしたのだろうか?

「実を言うと、俺も泣きに来たんだ」

「……」

「………いいよな………ここ。誰にも見られねぇから」
小町艦長の言葉が、自然と溶けこんでいく。
「泣きたい時は、ここに来て泣いて泣いて……そこらの鉄柵や水管に当たり散らしてよ………」

見ると、壁にある水管は蹴られたように曲がっていた。

「そうでもしなきゃ、やってらんねーわな」
「………………」
「それで、ここに来たら案の定、はるかがいたわけだ」
「………小町艦長、私、どうしちゃったんでしょう」

……あれ?なんで小町艦長にこんなことを言おうとしているんだろう


「この世界に来た時は、私がいた世界のことは、そんなに意識してなかったのに」


口が勝手に動いて止められない



「……火星に行くってなって、急に懐かしくてなって」


目の前がぼやけ始めた



「……っ急に、寂しくなって…!もう帰れないんじゃ、ないかって!」

ぽたぽたと膝に雫が落ちる


「でもっ、帰れたとしても……誰も、私を覚えてないんじゃないかって…!誰も、必要としてくれないんじゃないかって……」







言い終わる前に、私は腕の中にいた。
暖かくて、私より広い背中。
黒いスーツからは、タバコと今飲んでいたコーヒーの匂いがした。


「………………辛かったな。今、泣いておけ。誰も見ていないから、我慢せずに泣いちまえ」


その言葉を聞いた瞬間、もう我慢できなくなった。
目から次々、涙が溢れて止まらない。久しぶりのそれは、熱くて、しょっぱかった。

背中に腕を回して、スーツをすがるように掴む。




「………う、うわああぁぁ…っ!!」

泣き続ける私の頭を、小町艦長は優しく撫でてくれた。








しばらく経って、ようやく気持ちが落ち着いた。
「………ありがとうございます、小町艦長。…泣いたりして、すいませんでした」
きっと、今の私の顔は、涙のせいで目は腫れてひどい顔だろう…
涙を拭いながら、小町艦長を見る。

「いや、たまには思いっきり泣いた方がいい。溜め込むと、余計に苦しいぞ」
「………」
ちょっと、意外だった。小町艦長は最初、仕事は仕事!………みたいに割りきってて厳しい人だと思っていた。
………でも、全然違った

こんなに、優しい人なのだ


「あの、小町艦長に話を聞いてもらって、すっきりしました!本当にありがとうございます!」
「ああ…気にすることはない。誰だって、泣きたい時はある」
「………小町艦長は、優しいんですね」
「ん?何か言った?」
………聞こえてなかったようだ。
でも、思わず言ってしまったことだし、聞かれてなくてよかった………

「それでは、失礼します…!」

ペコリと礼をして、立ち去る。


………心の中が、少し軽くなった気がした
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ