長編


□04.レモネード
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怖い。
幾ら世界に慣れてても、こんな刺激的な(経緯は省くが)事が一度にいきなり起きたことはないし。
これからどう食っていこうか…いや、まず自分は生きてこれるか?
この世界の文化の一つも知らないのに。
幼い娘が独り。どうくらせようか。

悶々と悩んでると、隣から酸味の効いた芳醇な甘い香りがした。

その香りにさえ恐怖でビクッと震え、隣を見ると瓶にストローをさした飲み物を一つもってきた。


「えっとさ…次って言っても、まだ30分はあるし。これ、自分のだし…」
『………。』

「ただのレモネード、て言っても信じれるかな?あー、疑ってるみたいだけど、大丈夫!」

レモネード…この世界の飲み物と自分の世界のとは共通してるのかな…。
「疲れた時は甘いものっていうけと。結構さっぱりしたのもいいよ!…レモネード知らない?」

アルは良青年にも見えるが、まだ気が引けない名無しさん首を横に振って答えてみた。
「あ、それは知ってるんだね…よかった。飲んだことある?」
首を横に振る。

「無いんだ!せっかくだし美味しいよ!飲んで見なよ!蜂蜜入れたから甘めだよ!」

ずいっとレモネードを突き出してきたアルに拍子ぬけして一歩引いたしまったが、
取り敢えず受け取っておいた。

「美味しいよ!俺ここで働く前にさ、父とカフェやってて、父の作るレモネードすごく美味しくて、
父ほど上手くは出来ないけどね…
ごめん、つまんなかった?」

彼の話があんまり耳に入らなかった。
まず彼はこんな事をして良いのだろうかとも思ったが、一番に、彼は今までこんな善人事して怒られなかったのだろうか?

すんすんとレモネードを嗅いでみる。
氷が出すひんやりとした冷気と一緒に甘いハチミツの香りが腫れて熱い頬を冷ましてくれる。
レモンの香りがぱっと体を冷ましてくれる。

一口飲むとそれは居心地がよく、不満まで飲み込んだように安心させてくれた。
せめてこのままで居られないだろうかなんて考えてしまう。


(ーお次は本日ラックオークションの目玉です!!!)

遠くで司会者の声が聞こえた。きっと私だろう。
名無しさんは覚悟するとアルにレモネードを手渡して立ち上がる。

「…ごめん。君を助けられなくて。」

『!』

「俺、何もできなくて。飲み物を与えて人を安心させるしかないんだ…分かってるんだ。
商品にこれ以上関わると情が入るからダメだって…
でも今までの人や君を見てると、どうしても…だからこれで最…」

アルのしゃべる唇を人差し指で抑える。
当の本人は何だとキョトンとしてる、彼はこの先の事を聞いちゃいけないと思った。

『この先の事を言っちゃダメ。貴方がしたくてしたこと、後悔しちゃダメ。
わたし、嬉しいよ。もう怖くないわ。
私は、この所でも、貴方のような優しい人がちゃんといる。それだけで助けになった。』

名無しさんは指を離すと、アルの事を見ずに踵を翻してステージ裏のカーテンまでいった。

アルはその間何も言わなかった。
このカーテンの先から沢山の声が聞こえる。
きっとこの先にお客が居るのだろう。私はそいつらに買われるんだ。
いい人何て居るのだろうか?いやきっと居ない。
あのオーナーが言ったようにいい噂の人がいないのなら。
でも私はまた逃げてやる。【昔】の様に。
いつでも逃げてやる。

覚悟が固まったのはカーテンが開く13秒前だった。


(私は、彼の様な人が好きだから)
(どうか、彼女も前の人みたいにならないように…)

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