ある日、君に恋をした。

□くすぐったい関係
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「ありがとう、諏訪さん」


私が波風さんが社長と知っても態度を変えずにいたらそう言った。

私はその言葉に笑顔で答えることが出来ただろうか。

自分から社長だったということを切り出したのも、態度を変えずにいるのも、全部自分のエゴ。

態度を変えたりして波風さんが遠慮して来なくなってしまうのが怖いから。
波風さんに会えなくなってしまうのが、拒絶されたようで嫌だから。

いつからこんな狡い人間になってしまったんだろう…。


「こんばんは、諏訪さん」

「こんばんは、波風さん。お仕事お疲れ様でした」

「ん、ありがとう。あ、そうだ。これよかったら」

「えっ、そんな毎日いただけません!」

「諏訪さんに喜んでもらいたくて買ったんだ。嫌いじゃなければもらってほしいな」

「……ありがとうございます」


最近波風さんは機嫌がいいのかこうして来る度にお土産と称して私に色々な物を持ってきてくれる。
昨日はケーキ(おそらく高級)、一昨日は可愛いクマのストラップ(目がダイヤで出来ていた)、その前はイヤリング(綺麗な宝石がついていた)、その前は…思い出せない。

個人的には嬉しいし有り難いけど、こうして店にいる時はあくまで店員とお客様。
こうして色々と頂くのは気が引けてしまう。


「あの、波風さん…。これ凄く有り難いんですけど…」


波風さんには申し訳ないけど、そのことを伝えと。
すると波風さんは口を曲げて俯いてしまった。
怒ってしまっただろうか。

不安になっているといきなり顔を上げて、私の両手を自分のそれで包み込んで。


「それじゃ店の外なら構わない?」

「は、はい、店の外なら…」

「なら今度の日曜日、時間があるなら食事でもどうですか?」


突如として現れた私が弱い、真剣な瞳。
平然を保っていた心臓も不意打ちを食らったように大きく跳ね上がった。


「あの…」

「駄目、かな?」

「い、いいえ…。駄目じゃ、ない…です」

そう言えば、ぱあっと花が咲いたような、そんな表情を見せた波風さんに、私はただただ握られている手の汗をかかないように努力するのであった。




「…恵美ちゃん、夕夏ちゃん。相談が、あるんだけどいいかな」

「どうしたんですか、葵さん」

「相談って…」

「男の人って、どんな服装が好きなのかな…?」


2人は首を傾げる。
こんな事を相談するのは恥ずかしいけど、散々悩んで結果が出なかった。

今まで男の人から食事を誘われたことなんて一度もないし、男の人の好みも全く分からない。

流行にも疎いし、オシャレにもあまり興味のない私はこうして2人に頼るしかなかった。


「こういう背中が大きく開いた服とかどうですか?」

「…葵さんは白とか淡いピンク色が似合いますよね」


ロッカーから取り出した雑誌を開いて楽しそうに服選びをする恵美ちゃんと、私をまじまじと見て真剣に考えてくれる夕夏ちゃん。


「そうだ!百聞は一見に如かずって言いますよね。明日の休憩中に買い物行きませんか?」

「でも付き合わせちゃ悪いし…」

「大丈夫ですよ!ねっ、夕夏」

「うん。葵さんが私達に相談なんて滅多にないんで、たまには頼って下さい」


2人の優しさに、私は幸せ者だななんて思ったりして。
目の奥が少しだけ熱くなった。




 

(踏み出せない一歩)




 

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