ある日、君に恋をした。

□永遠に続くものなどありはしないのに
1ページ/1ページ




朝起きて枕元に置いてあるネックレスが昨日の事が夢じゃないと物語っている。
自然と緩んでしまう口元。
切り替えなくちゃと分かっているが、暫くは口元の緩みは止まらないだろう。


「あれ、葵さん。そんなネックレス持ってましたっけ?」

「えっ…!」

「本当だ!どうしたんですか〜、それ」


夕夏ちゃんに関しては本当に疑問に思っているようだったが、恵美ちゃんは半分分かっていそうな雰囲気だ。
仕事中ということもあり「厨房行ってくるから、店番お願いね」と誤魔化して逃げた。


「野山さん、間に合いそうですか?私手伝います」


もうそろそろお昼時になるため、多めにお弁当を用意しておかなければならない。
手際の良い野山さんは1人でも間に合ってしまうけれど、レジには少し居ずらい。


「それじゃあお願いしてもいいかしら」

「はい」

「後は盛り付けるだけなの」

「分かりました。私メインから盛り付けていきますね」


まだ出来たばかりで温かいおかずを、用意したお弁当箱に盛り付ける。


「葵ちゃん、良いことでもあったのかい?」

「えっ!そう見えますか?」

「随分ご機嫌だから」


何も言ってない野山さんにも分かってしまうなんて、私はどれだけ浮かれているのだろうか。


「すみません…。仕事中なのに」

「いいんだよ。最近葵ちゃん元気ないみたいだったから」

「野山さん…」


優しい笑みをくれる野山さんに亡くなったおばあちゃんを思い出して、胸がじん、と熱くなった。


お昼休憩になってスタッフルームに入れば、不気味な笑みを浮かべた恵美ちゃんが待ち構えていた。
嫌な気しかしないと思ったのは間違いじゃなかった。


「それで昨日はどうだったんですか?」

「た、楽しかったよ?」

「それだけじゃ分かりませんよ〜。詳しく聞きたいな〜」

「詳しくって…」


グイグイと迫ってくる恵美ちゃんに、タジタジになってしまう。


「葵さんの好きな人って誰なんですか?」

「それは私も気になります」


今まで傍観者だった夕夏ちゃんもそれに関しては恵美ちゃんに乗ってきた。
そもそも恋バナなどしたときない私は反応に困ってしまうわけで。


「…えっと」


言葉を濁していると「写真とかないんですか?」と恵美ちゃんが聞くので首を横に振る。


「気になります!誰なんですか?」


写真もないし、どう説明しようかと考えていれば、タイミング良くテレビで火の国コーポレーションの新企画についてやっていた。
波風さんが記者の人達のインタビューに答えている姿を指差す。


「な、波風…ミナトさん…。私の好きな人です」


そう言うと2人は顔を見合わせた後大声で「「えーー!」」っと叫んだ。
どういうことですか?と言う恵美ちゃんに今までの経緯を話す。
信じられないような事だけど全部本当の事で、どうやら理解するまで時間がかかったようだ。


「えっと、つまり…葵さんの好きな人は社長さんで、社長さんはこの店の常連さんで、昨日デートした時にそのネックレスを貰ったと…」


なんとか理解してくれた夕夏ちゃんに頷く。


「今日も来るんですか?私も会いたいな〜。イケメン社長に」

「毎日来てくれるし、今日も来てくれると思う…。でも波風さん、閉店ギリギリに来るから…」


そんな時間までいたら家族の方が心配しちゃうよ?と言えば恵美ちゃんは「え〜っ」っと言いながらも納得してくれた。


「でも」

「?」

「社長就任で忙しいのに、よく毎日来ますね。大変じゃないのかな」


夕夏ちゃんに痛いところを突かれたと思う。

そういえば考えてなかった。
走って来てくれたりするときも少なくない波風さんだけど。
よく考えれば分かることだと思う。
社長という立場である波風さんは寝る暇も無いくらい忙しいってことに。

毎日来てくれる訳は聞いたときないけど、波風さんなりに最初の事に罪悪感を感じているからだとしたら。

(私が波風さんに迷惑をかけている?)

気付かなかった。
波風さんの優しさに甘えていた。

終わりにしなくちゃ。

私と波風さんは元々が違うのだから。
少しの間だけど、夢のような時間を過ごせた私は幸せ者だ。




「こんばんは、諏訪さん」

「いらっしゃいませ、波風さん」


笑って言わないと。
平然とした態度で。
波風さんは鋭いから、また迷惑をかけてしまう。


「こんばんは、諏訪さん」

「こんばんは、波風さん。お仕事お疲れ様です」

「ん、ありがとう」


用意しておいたお弁当を袋の中に入れて波風さんに渡す。
ここまではいつも通りに出来ている。
落ち着いて、頭の中で言葉を確認する。


「波風さん」

「ん?」

「あの、私今まで気付かなくてすみません。波風さんは仕事忙しいのに、毎日来て下さるんですよね」

「え?た、確かに忙しいけど、それとこれとは…」

「私、今まで波風さんに甘えていたんですね…」


声が震えてしまう。
涙が出そうになる。


「もう、大丈夫ですから…」

「大丈夫、って?」

「私のことはもう構いませんから…。波風さんはお仕事頑張って下さい」

「諏訪さん?」

「さよなら、です…。波風さん」


これで良かったんだ。




 

(夢が覚めたんだ)




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ