ある日、君に恋をした。

□分からない恐怖
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「葵姉さん、今までお世話になりました」

「お世話になってたのはこっちだよ。色々ありがとう、サイ君。落ち着いたらまた遊びに来てね」


無事サイ君の家が見つかった。
私の家から歩いて15分くらいのところで、なごみからもそう遠くない場所だ。

片付けを手伝おうとしたが「物も少ないし大丈夫だよ」と言われてしまい、見送るだけとなってしまった。


1ヶ月もいなかったけど、サイ君が居なくなったぶん、家が広く感じるのは何故だろう。
今までずっと1人だったのに、人の温もりを知ってしまったから一気に寂しくなる。

(波風さんは元気だろうか)

鳴らない携帯を見つめて溜め息がこぼれた。
携帯を手にとっては、連絡を入れるのを断念して。
それを何回繰り返しただろうか。

私は波風さんの役に立つことは出来ないから、せめて我が儘は言わないでいようと思っているのに。


「……会いたい」


涙がこぼれた。
こんなにも誰かに会いたいと願ったのは生まれて初めてかもしれない。




「葵さん、目どうしたんですか?」

「わっ、真っ赤になってるじゃないですか」

「そんな酷い顔してる?」


聞けば2人は息を合わせて頷いた。

昨日あれから泣きはらしてしまい、そのまま寝てしまった私の顔は酷いことになっていた。
朝軽く温めたのだが、どうやらそれだけじゃ駄目だったようだ。


「もしかして葵姉さん、泣いたの?」


サイ君に痛いところを突かれた。
笑って誤魔化したが、長年の付き合いであるサイ君には通じるはずがなく。


「…何かあったの?」


ぐ、と言葉を飲んだ。
完全に私情の悩みだし、みんなに迷惑かけたくない。
でもこうして心配されている時点で迷惑はかけているのか。


「サイ君に話しづらいようだったら、私たちが聞きますよ?」

「夕夏ちゃん…」

「そうですよ、葵さん!」


こういうとき、いつも私は恵まれているなと思う。
周りの優しさに涙がこぼれてしまう。


サイ君1人でお店の方は大丈夫だろうか、と心配しながらも、その優しさは有り難かった。


「で、何があったんですか」

「ここまできて何でもないは許しませんよ」


別に渋っているわけじゃない。
ただただ泣いてしまった理由が恥ずかしいのだ。

いい大人が恋人に会えないくらいで泣くなんて、きっと笑われるだろう。

逃がしてくれそうにない2人に、笑われる覚悟で理由を言う。
反応が怖い。
くだらないと笑われるか、そんな事かと溜め息を吐かれるか。
そのどちらかと思っていたから、返ってきた2人の反応に驚いた。


「…凄く分かります、葵さん」

「私は彼氏が居ないから分からないけど、きっと寂しいんですよね…」

「…こんな悩み、変じゃないの?」

「何が変なんですか?いくつになっても会いたい人に会えないのは寂しいし辛いじゃないですか…」


きっとそれが当たり前の事なんだろうけど、当たり前が当たり前と分からなくなるほど恋い焦がれて。

人を好きになるってこんなにも苦しいなんて私は知らなかった。



「それじゃあ葵姉さん、ボク先にあがるね」

「うん、お疲れ様、サイ君」


片付けを終えてサイ君が帰って行く。
いつもは途中まで帰るが、今日は1人店に残る。

少しでも波風さんに会いたくて。
来るか分からないけど待ってみることにした。

すぐに渡せるようにお弁当は袋の中に入れて置いてある。

(会いたいな…)

今まで誰かと付き合うなんて事はしたときが無かったから、自分がこんなに女々しくなるなんて思わなかった。


いくら待っても波風さんは来ることはなく、帰ろうと立ち上がった時。

窓をコツンと叩かれた。


「…っ、波風さんっ!」


会いたい人がそこにいた。
何で中に入らないんだろうと思ったが、お弁当の袋を持って外に出る。


「こんばんは、波風さん。お仕事お疲れ様でした」

「ん、ありがとう」


いつもなら嬉しそうに笑う波風さんだけど、何故か目をそらされた。

目の前にいるのは泣くほど会いたかった人なのに会えた嬉しさよりも、恐怖の方が大きくて。


「…葵」


お弁当の入った袋が落ちた。
中身が崩れてしまうとか、そんな風に気遣う余裕なんて全く無かった。

名前を呼ばれたと思えば手を強く引かれて。
気付いたときには視界いっぱいに波風さんがいた。

それでやっとキスをされていると分かって。

怖かった。






(私の知っている波風さんじゃない)





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誰しも意味もなく泣きたくなる時ってありますよね。
寂しかったり、辛かったり。
涙を流すのに年齢も理由も関係ないと思うんです。

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