ある日、君に恋をした。

□喜びも幸せも2倍ですね
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良く晴れた日曜日。
部屋の戸締まりをしっかりと確認していればインターホンが鳴った。


「はーい」

「おはよ。準備できた?」

「はいっ」


ドアを開ければ私服の波風さん。
まだ何回かしか見たときがないけれど、やっぱり誰もが見ほれてしまうほど格好いいと思う。

今日は波風さんが車を出してくれるそうだ。
ハザードランプをつけながら止めてある車は誰がどう見ても高級車と分かるだろう。
すごいな、と見ていれば「どうぞ」と助手席のドアを開けられて、席へと促される。


「あ、お邪魔します…」


そう言って乗り込めば笑われてしまった。
月並みな言葉しか出てこないけれど、中はとても綺麗で、椅子はふかふかで、いい匂いがした。

ふたりっきりでドキドキが聞こえそうなほど心臓が高鳴っている。


「ど、どこ行くんですか?」


沈黙に耐えられなくなり、とにかく話をしようと口から出た言葉だった。


「ん?着いてからのお楽しみ」


今日は1日完全に波風さんがエスコートしてくれるらしい。
だからどこへ行くのかも教えてくれない。
でも波風さんの横顔が凄く楽しそうで、私もつられて笑顔になってしまう。


かなり車を走らせたと思う。
途中休憩しながらも2時間は走っていただろうか。
一気に景色が高層ビルから木々に変わり、それからまた少し車を走らせていると開けた場所に着いた。
そこには2階建ての大きなコテージがひとつあるだけだったが、それの存在感は十分なものだった。


「着いたよ」

「ここ、は…」

「別荘だよ」

「べ、別荘?」


開いた口が塞がらないというのはまさにこのこと。
別荘なんてフィクションの世界だと思っていたのに。


「長期休暇がとれたときとか、煮詰まったときに良く来るお気に入りの場所なんだ」

「お気に入り…、私なんかに教えちゃっていいんですか?」

「葵だから、教えるんだよ」


恥ずかしさを隠すように俯けば、手を引かれてコテージの中に。
わあ、と驚きの声が自然ともれてしまった。
ここだけ違う時間が流れているようだ。


「普段は使用人がいるんだけど、今日は2人きりになりたかったから」

「……う、嬉しいです」


木の温もりを空気で感じられる。
都会の騒音はなく、自然に包まれているのが気持ちいい。


「気に入った?」

「はい、とても!」

「ん、良かった」


ソファーに腰を降ろして周りを見渡していれば、甘い香りが鼻をくすぐった。
どうやら波風さんが紅茶を用意してくれたようだ。


「すみません、波風さん!私何もしないで…」

「いいよ。座ってて」


にこりと微笑みをもらって、私は呆気なくやられてしまった。
立ち上がったが、再び腰を降ろす。

波風さんが隣に座って、用意してくれた紅茶を飲む。


ホッと張っていた気が少しだけ緩む。
思えば波風さんと付き合って初めてのデートかもしれない。
お互いの予定が合わず、会ったりはしたけど、結局こうして出掛けることはなかったし。


「今日はありがとうございます…。本当に嬉しいです」

「…ん。でもまだこんなものじゃないよ?」

「え?」


こうして誰もいない空間に2人きりでいられるだけでも十分なのに、まだ何かあるのだろうか。


「今日はオレが昼食を作るよ」

「えっ!?」


波風さんが発した言葉に思わず驚きの声をあげてしまった。


「つ、作れるんですか?」

「携帯見ながら頑張るよ」

「私もお手伝いします」

「いいから。葵は座ってて」


立ち上がった波風さんにつられるように私も立ち上がるが、制されてしまった。
携帯を片手に冷蔵庫から材料を取り出しているが、正直不安だ。


「よし!」


と着けた黒のエプロンが良く似合っている。
しかしそう思ったのも一瞬で、聞こえてきた鍋が落ちる音や、普段の料理では絶対聞こえないであろう音のせいで、サッと血の気が引いてしまった。

私の座っている位置からキッチンは丸見えで。
波風さんが顔色を変えながらあたふたしている姿を見ていたら居ても立ってもいられなくなった。


「お手伝いします」


下ろしてある髪の毛をいつもの高い位置に結んで。
エプロンはないから申し訳ないけど、手を洗う。


「今日はオレが…」

「気持ちは嬉しいですけど駄目です。もし指とか切ったり火傷したりしたら大変ですから」

「…」

「2人で作りませんか?そうすればきっと美味しさも2倍になりますから」

「ん、そうだね」


納得してくれて良かった。
何を作るんですか?と聞いたら「ロールキャベツ…」と私の好物の名前が挙がったので嬉しい。


「分かりました。それじゃあメインはロールキャベツで、そのほか付け合わせにいくつか作りましょう」


メインは波風さんにお願いして、私は付け合わせの準備をする。

隣に立って、大好きな料理を大好きな人と出来るなんて思わなかった。

時々ハラハラしてしまうような包丁さばきを見せる波風さんだけど、その顔はとても真剣で。

有り得ない未来かもしれないけど、何年後かにはこれが当たり前の風景になったらいいなと思いながら手を動かした。




 

(なんてベタでしょうか)




 

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