ある日、君に恋をした。

□笑顔の裏の真実
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「あれ、葵姉さん。そこどうしたの?」

「え?どこ」


サイ君に言われ、指さされた辺りを触ってみるが腫れもなければ痛みもない。
鏡を見ようとする前に、何処から音もなく恵美ちゃんが後ろから表れた。


「ラブラブですねぇ、社長と」

「わっ、恵美ちゃん!びっくりした…」

「でも意外と独占欲強いんですね」

「え?どう言うこと?」


恵美ちゃんの言っている意味が分からなくて首を傾げれば、つんと耳の後ろの部分をつつかれた。


「痕、ついてますよ」


一瞬何を言っているのか分からなかったけど、恵美ちゃんのニヤニヤ顔を見てはっとした。
慌てて鏡で確認すれば、正面から少し見づらい位置にはっきりと鬱血したような痕が残されていた。

こんな場所にこれをつけられるのは1人しかいない。
波風さんがつけたキスマークだ。

昨日のことを思い出して全身の体温が沸騰してしまいそうになる。


「葵姉さん、顔真っ赤だよ」

「えっ!だ、大丈夫だからっ」

「サイ君、女心を分かってないねぇ。察してあげないと」

「?」


この場から消え去りたいくらい恥ずかしい。
そう考えているとタイミングよく夕夏ちゃんが顔を出した。


「葵さん、お客様です」

「あっ、うん!今行くね」

「顔真っ赤ですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫!」


少しでも冷まそうと手で頬を扇ぎながらレジに向かえば。


「や、葵」

「な、波風さんっ」


波風さんがいた。
お昼のラッシュを過ぎた時間帯。
この時間にお弁当を買いにくるなんて珍しい。


「顔真っ赤だけど大丈夫?」


頬に触れられて夕夏ちゃんと同じ事を聞かれてしまった。
昨日の事を思い出して恥ずかしくなってしまったから、とは流石に言えないので「火を使っていたんで」と誤魔化す。


「この時間に来るのは珍しいですね」

「ん、お昼休憩でね。夜は忙しくて来れなさそうだから」

「そうなんですか…」

「会えてよかった。前来たときみたいに会えないかと思ったから」

「わ、私も会えてよかったです」

「ん、」


頬に唇を落とされて。
ちょうどお客様はいなかったけど、こんな場所でされるなんて思わなかったから驚いた。


「ごめん、もう行かないと」

「はい、無理せず頑張って下さい」

「ありがとう。時間出来たら連絡するね」

「はい。わ、私も連絡します…」

「ん、待ってる」


波風さんはいつもの倍である4つのお弁当を買って店を出て行く。
あんなに沢山食べれるのだろうか、と疑問に思いながらも、小さくなる背中を見送った。



それから波風さんは夜ではなくお昼に来るようになった。
夜は時間が取れないけどお昼休憩は必ずあるらしく、その時間全部を使って私を会いに来てくれる。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ、波風さん」

「いらっしゃいませー」


波風さんの来店に私と夕夏ちゃんが出迎える。


「今日は何にしようかな」


メニューを眺めながら真剣に考える波風さんの姿は何度見ても可愛いと思ってしまう。
本人には言えないけど。

唐揚げ2つと日替わり2つお願い、と注文を受け準備に取りかかろうとすれば、夕夏ちゃんが「私用意します」と有無を言わせぬ速さで準備してくれた。

もしかして私に気を使ってくれているのかな、なんてのは自惚れかもしれないが、心の中でお礼を言う。


「波風さん、最近寝てますか?」

「ん、寝てるよ。どうして?」

「クマ、出来てます」


波風さんの目の下にはうっすらとクマが浮かび上がっていた。
波風さんがどれだけ忙しいか物語っている。
頑張り過ぎて体を壊してしまわないかが心配だ。


「倒れたりしたら葵が看病してくれる?」

「それはもちろんです。でも…」

「心配ありがとう。本当に大丈夫だから、ね?」

「…はい」

「危なくなったらすぐ葵に会いに来るから」


こんなとき、波風さんを少しでも楽にしてあげられればいいのにと思う。
無力な自分が、何も出来ない自分が酷くもどかしい。

(私は波風さんのお荷物にしかなれない…)

歪む視界を、笑顔を作って誤魔化した。




 

(誰にも言えない気持ち)




 

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