ある日、君に恋をした。

□信じるものはただひとつ
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「葵姉さん、こっち準備終わったよ」

「ありがとう、サイ君。こっちもあと少しで終わるよ」


朝のラッシュを終えて、お昼に向けての準備。
もう少しで恵美ちゃんと夕夏ちゃんもくる頃だと時計に目を向けたとき。


「葵さんっ!!」


血相を変えた恵美ちゃんが走ってきた。
私はもちろん、その焦りようにサイ君までもポカンとしている。


「ど、どうしたの?」

「朝、テレビ見ましたか?」

「ううん…。見てない…」

「週刊誌は?」

「見てない…」

「社長がテレビと週刊誌に出てたんです!!」


必死に言う恵美ちゃんだけど、波風さんがテレビや雑誌に出ることは今に始まった事ではない。
少し前まではニュースに引っ張りだこで波風さんを見ない日はないくらいだった。


「違います!これ、見て下さい!」


恵美ちゃんが持ってきた雑誌。
開かれたページを見て、私は思わず目を見張った。

熱愛、と大きな文字で書かれているページには波風さんと知らない女の人が料亭のような場所から出てきてる写真が掲載されていて。
記事を読めば『料亭で食事後、2人はホテルへと消えていった』との文字が。
相手はもちろん私ではなく、全く知らない女の人で。
目の前が真っ暗になるってこういうことなのだろうか。


「この女の人、最近急成長して火の国コーポレーションと肩を並べる程になった会社の社長ですよ…」

「…っ」


分かっていた。
波風さんはこういう人だって。
覚悟していたはずなのに、波風さんと一緒に写っている人が私じゃないってだけで、胸が締め付けられたように苦しくなる。


「すみません、葵さん。言うべきか迷ったんですけど…」


いつも笑顔の恵美ちゃんが酷く悲しそうな顔をしている。


「謝らないで。恵美ちゃんは何も悪くないでしょ?」


心配かけないように、今出来る精一杯の笑顔で落ち込む恵美ちゃんの背中を撫でる。
だから笑って、と言えば少しぎこちないがいつもの笑顔が戻った。


「葵姉さん、今日の配達はボクが…」

「ううん、大丈夫。私が行くよ」

「でも、」

「大丈夫だから」


正直何が大丈夫なのか自分でも分からないけど、私はこんな雑誌の言葉ではなく、波風さんの言葉を信じたい。
だって今まで波風さんがくれた言葉には嘘なんてひとつもなかったから。



何だか今日は、火の国コーポレーションの社員の皆さんが慌ただしいような気がする。
首を傾げながらいつものようにヤマトさんを待っていると。


「諏訪さん、早く社長室に!」


と走ってきたヤマトさんに言われて、訳も分からずエレベーターに乗り込んだ。
普段なら少し会話をしてから波風さんのところに行くのに。
きっとヤマトさんも忙しい方なんだろうと自己完結して、社長室のドアを叩いた。


「葵っ!」

「わっ、波風さん!」


持っていたお弁当が落ちてしまった。
拾おうとしたがそれは叶わない。
何故なら返事もなしにドアを開けた波風さんに抱き締められたから。


「っ、来てくれないかと思った」

「どうしてですか?」

「…葵も見たでしょ、あの報道」

「…本当なんですか、あれ」

「違うっ!あんな写真撮られて、信じてもらえないかもしれないけど」

「いえ、信じます」

「え、」

「私はあんな報道よりも波風さんを信じますよ」


だからそんな顔しないでください。
波風さんが悲しい顔をすると私まで悲しくなる。

あの報道を見たとき、最初は驚いたけど私が信じるべきなのはこの人の言葉。

波風さんの背中に手を回せば、私の背中に回っている波風さんの手がより一層強く回された。


「ありがとう、葵」

「謝罪もお礼もいりませんよ?」

「ん…」


私は大丈夫。
この温もりと言葉があれば大丈夫だから。

抱き締める手に力を入れたら、波風さんも強く抱き締めてくれて。
はたけさんに注意されるまで私達はそうしていた。




 

(あなただけです)





 

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