ある日、君に恋をした。

□全てが崩れる音
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私はどんな事があっても波風さんを信じるって。
信じられるのはテレビや雑誌なんかじゃなく波風さんの言葉だって。
そう思っていた。


「…っ」

「こ、こんなの嘘に決まってますよ!」

「そうですよ、葵さん。社長がこんな事する人じゃないって葵さんが良く知ってるじゃないですか」

「う、うん…。そうだよね」


分かっているけど、実際に『深夜の密会。路上でキス』なんて大きな見出しが書いてあって、2人がキスしている写真も掲載されていて。
私は何を信じればいいんだろう。


「葵姉さん、今日は店にいて。配達はボクたちでやるから」

「でも、」

「この前は何も言わなかったけど、葵姉さん笑えてないよ」

「っ、」

「だから今日はゆっくり休んで」

「…うん、ありがとう」


この前の写真は偶々2人でいるところを撮られたって言ってたけど、今回はどうなんだろう。

(…苦しい)

心臓を強く握られたような、息をするのも難しい。
公私混同はしちゃだめだって、分かっているけど。




「葵さん、火の国コーポレーションに配達行ってきますね」

「あ、うん。…ごめんね、夕夏ちゃん」

「謝らないで下さい。何か伝えたい事とかあれば伝えますけど…」

「…まだ気持ちの整理が出来てないけど、信じてますって、伝えてくれるかな?」

「はい、分かりました」


今は直接顔を見ることは出来ないけど、冷静になればきっと大丈夫だから。
もう少しだけ待ってて下さい。




配達を夕夏ちゃんにお願いしてから、数日。
波風さんには会ってないけど、毎日メールはしている。
何度も『会いたい』とメールをくれる波風さんの言葉には返事は返せないでいるけれど。

随分冷静になったと思うけど、多分まだ駄目だと思うから。
きっと波風さんに会ったら、泣いてしまう。
醜い言葉が出てしまうから。


「葵姉さん、片付け終わったよ」

「ありがとう、サイ君。帰ろっか」

「うん」


あれからサイ君も恵美ちゃんも夕夏ちゃんも、私を気遣ってくれてか何も言ってこないし、聞いてこない。
きっと心配かけているんだろうな、と思いながら、見守ってくれている事に感謝の言葉しか出てこない。


サイ君と別れて街灯に照らされた道を歩く。
空気は気持ちがいいのに、自分の気持ちは真っ暗。
こんな感情があるなんて波風さんに出会わなかったら、一生知ることは無かっただろう。


「諏訪葵さん?」

「…え、」

「こんばんは。怪しいものじゃないから安心して」


名前を呼ばれて振り向く。
暗くてよく相手の顔が見えないけれど、声を聞いた瞬間体が強張った。

(い、一ノ瀬麗香さん…)

この人が私の前に現れる理由なんて一つしかない。


「単刀直入に言うわ。ミナトと別れてもらえる?」


この人の前では私と波風さんの関係なんてバレバレだった。


「い、いきなり何ですか?」

「申し訳ないけどあなたのことは調べさせてもらったわ」


カツ、とヒールが響いた。
一気に距離を詰めてきた一ノ瀬さんが目の前に立つ。
上から下まで、まるで品定めをするかのように見つめられる。


「あなたに何が出来るっていうの?」

「え…」

「あなたはミナトの役に立たないわ」


私が一番気にしていたことを、他人の口から言われると何でこんなに刺さるんだろう。


「そ、それは私が一番分かっています」

「ならどうして自ら身を引こうとしないの?」

「どうして、って…」

「私はミナトが好きよ」

「私だって、波風さんが好きです!」


誰にどんな否定されたって、私は波風さんが好き。
それだけははっきり言える。


「私はミナトを支えてあげられる。プライベートではもちろん仕事でもね。…でもあなたは?」


そう言われて言葉を詰まらせる。
私は仕事では波風さんを支えることが出来ない。
プライベートだって、特別何かしてあげられている訳じゃないし。
これが私と一ノ瀬さんとの大きな差だろう。


「分かったでしょ」

「っ、」

「私は火の国コーポレーションに莫大な寄付をしているの」


この意味分かる?なんて言われてしまって私はなんと言えばいいのだろう。
でも馬鹿な私でも、どうすればいいかというのはすぐに分かった。

(……私は無力だ)




 

(目の前が真っ暗に染まった)




 

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