”世界の歌姫”、烏合の衆に身を隠す。
□第4話
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ある日曜日、東京での打ち合わせ。
私は志野さんのことを、岬さんと呼ぶようになり、敬語も取ってと言われた、その数日後だった。
社長と志野さん…岬さんと私のいる本社会議室の中で、私はえっ、と目を丸くした。
「岬さん、妊娠してたの!?」
「ふふ、安定期入ったから晴花にも報告しようと思って」
岬さんは10代で結婚し、キャリアウーマンとして働いていた。
いつかは子どもほしい、と言っていたから、その表情は本当に嬉しそうだった。
その表情が、少し曇る。
「本当はもうしばらく仕事したいんだけど、向こうの親が体を大事にしなさいって、1週間後休養に入ることになって」
「そう、なんだ…」
私は肩を落とす。
あと1週間しか、岬さんと一緒にいれないのか…。
岬さんも、小さく俯いた。
「ごめんね…せっかくこれから大変なのに、支えてあげられなくて」
岬さんの言葉に、私は首を振る。
あのライブから2ヶ月、私はとても有名になっていた。
次のライブに向けてレッスンをしているし、ファンの人だってものすごく増えた。
それに関してただ一つ、気になる点はあるけど…。
「大丈夫だよ岬さん、私頑張れるから!」
拳と笑顔を作って、そう言った。
岬さんはええ、と笑った。
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打ち合わせ後、そのまま近くのスタジオに向かった。
音楽番組の収録を行うのである。
すっかり馴染んだ「おはようございます」の挨拶と共にスタジオに入ると、数人のスタッフさんが私を見てひそひそ話し始めた。
「ほら、あの子でしょ、"世界の歌姫"って言われてる子」
「ああ、あの子?事務所の社長が惚れ込んでお金つぎ込んだらしいわよ」
「昔人気だった歌手の娘らしい。どうせ七光りだろ」
その言葉に、私は俯く。
そっか、そう思う人もいるんだ。
そんな噂が流れてたの、知らなかった。
お母さんや社長は何も悪くないのに。
そのまま唇を噛んだ私の背中が、叩かれた。
「いった!??!」
「なに辛気臭い顔してんのよ、晴花。あんな噂気にするもんじゃないわ」
でも、と言いかけるも、岬さんはウインクしていたずらっ子のように笑う。
「言わせておきなさい。あなたはあなたなの。社長やお母さんは関係ないわ。今まであなたが全てを犠牲にして掴み取ったものを、全国に知らしめてやりなさい」
ああ私、岬さんがマネージャーさんでよかった。
改めてそう思った私は、ゆっくりと微笑んだ。
「そう、その笑顔よ!あんたが"世界の歌姫"って言われてるのは本当なんだから、自信持ちなさい!」
岬さんの言葉に、私は目を見開いた。
それは知らないことだった。
「え、本当なの!?」
「なに、知らなかったの?」
私が知っていることが当然のように言ってきた岬さんに、知らないよ!と私は慌てた。
緊張し始めた私の背中に、再び痛みが襲った。
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