”世界の歌姫”、烏合の衆に身を隠す。
□第4話
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ステージに立った私。
今回の収録は数百人のお客さんの前で行うライブ型だ。
中高生や、中には大人の男性もいる。
大丈夫、叩かれた背中はまだ痛い。
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今回私が歌ったのは、恋のうた。
私が作詞と、作曲にも挑戦した新曲。
前回と似た曲になってしまったけど、とても気に入った出来になった。
お客さんも、私と一緒に盛り上がってくれた。
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「ありがとうございましたー!」
客席に礼をすると、収録が終わった合図。
早めに終わったので、収録外で少しではあるけれど会場に来てくれたお客さんと話を始めた。
「みなさん来てくれてありがとうございました。今回の新曲、どうでしたか?」
「可愛かったー!」
中高生と思われる女の子が叫んでくれた。
ありがとうございます、と笑うと、私に質問が飛んできた。
「前のライブの最初の曲と似てて、どっちも晴花ちゃんが作詞したんだよねー?」
「はい、今回は作曲も挑戦したんです」
そう言うと、私が目を瞬く質問をされた。
「やっぱり晴花ちゃんの恋愛歌ったのー?」
嘘を言うわけにもいかず、かといって恋愛をしていると言えば問題になってしまう。
迷う一瞬は、誰かの叫ぶ声で遮られた。
「そんなわけないだろ!」
「晴花は歌手一筋だろ!」
大人の男性たちの声だ。
こんなに突然、大声を上げるなんて。
「そんな言わなくたって良いじゃん…」
前にいた女の子達が、そう呟いたのが聞こえた。
このままでは、お客さんみんなに嫌な思いをさせてしまう。
「…、残念ですが、私じゃないんです…友達の恋愛相談受けてて…その子の気持ちを曲にしてみたんです」
振り絞った声。
私はゆっくりと微笑んだ。ぎこちなく、なっていないだろうか。
「なんだ〜そっか!」
「恋愛禁止とかー?」
中高生の女の子達が声を漏らす。
よかった。大丈夫だったみたいだ。
再び微笑んだ私は、そうなんですよ、と女の子達に返した。
大人の男性たちがいる方は、見れなかった。
再びお客さん達にお礼を言い、逃げるように舞台袖に向かった。
舞台袖には、怖い顔をした岬さんがいた。
「……晴花」
「…大丈夫だよ。お客さんはみんないい人ばっかりだし、私のお客さんはみんな悪いこととかしないよ」
岬さんの顔を見ずに、岬さんの横を通って扉に向かう。
「…見ない振りをしてももう無駄よ。あなたのファンとあなたは向き合わなければならないの」
「…向き合うって…誰も何も悪いことしてないじゃない」
岬さんに背を向けたまま立ち止まる。
岬さんの履いた高いヒールが、コツ、とこちらを向いたのが聞こえた。
「してないわ。でも、これからする可能性がある」
「…みんなしないよ、そんなこと」
「…晴花、現実を見なさい」
その言葉に、私は唇を噛んだ。
岬さんは続ける。
「分かってるんでしょ?…ファンの人たちが暴力化してることも、このままでは被害が出るかもしれないこと」
高いヒールが、私の前まで回り込む。
岬さんは私の肩を掴んで、私の目を真っ直ぐ見た。
「…何かしら対処しましょう、被害が出る前に」
納得はできた。
岬さんが私のことを想って言ってくれていることも、岬さんが間違っていないことも。
でも。
「…何もないですよ、絶対に」
私のファンの人たちに限って、何かあるなんて、絶対にない。
なぜそんなことを思ったのかは分からない。
傲慢だったのかもしれないし、思い込みだったのかもしれない。
ただ、信じていたかった。
「…勝手にしなさい」
ヒールの音が、私から遠ざかっていく。
私はその背中を見ることも出来ず、俯いていた。
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