”世界の歌姫”、烏合の衆に身を隠す。
□第5話
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二学期が始まる二週間前、8月後半。
照りつける強い日差しの中、私は新しい学校の校門に立っていた。
前の学校である、北川第一中学校の制服に身を包んで。
「…ここが、雪ヶ丘中学校…」
周りが自然に囲まれた、静かそうな学校だ。
まず職員室に行って挨拶をして、その後校舎を回ってみようかな。
自然と、口角は上がっていた。
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「…よろしくお願いします。では、失礼します」
冷房でかなり冷えていた職員室から熱気の籠った廊下に出ると、少し気持ちが悪くなった。
雪ヶ丘中の先生達は、どの先生も優しそうな人だった。
私の名前を知っていてもそっか、と笑い、何かあったら相談して、と言ってくれた。
持ってきていたペットボトルの水を飲んで、校舎の見学に向かった。
私が通うことになる2年生は2階に教室があり、1年生は1階、3年生は3階のようだった。
他の特別教室も見ていき、残りは体育館だけになった。
「……っ」
"俺とは会わないで"
"…私に…1つくらいちょうだいよ…っ"
大きく浮かんできた、顔と声。
あの日も、こんな晴れた日で、じっとりと暑かった。
「……んで…っ」
思わず、その場にしゃがみこむ。
この思い出は、しばらく私を捉えて離さないのだろう。
そのままうずくまっていると、突然大きな声が聞こえてきた。
「だっ大丈夫ですか!?」
その声にゆっくりと顔を上げ、声がした方向を見る。
そこには、橙色の髪を揺らして同色の瞳を瞬かせた、小さな少年がいた。
「…だい、じょうぶ…」
彼の手を取らせてもらって立ち上がる。
彼は「え、と、とりあえず日陰に!あと水分…!あっあと冷やすもの!!」と慌てふためいて、私を体育館の中に連れて行ってくれた。
窓際に座り、「大丈夫だから」と笑うと、彼はホッとしたようだった。
持ってきた水を飲んで一息をついたところで、同じく水分補給をしていた隣の彼に目を向けた。
「助けてくれてありがとう、ごめんね。えと…」
「いっいえ!おれ、男子バレー部1年の日向翔陽です!」
男子バレー部と聞いて呼吸が止まりかけるもなんとか抑え、目を瞬いた。
しかしこの体育館には、彼しかいない。
疑問に思った私を見て、日向くんは言う。
「あっ…部って言っても、おれしか部員いないんです」
彼は小学生の頃、テレビで見た"小さな巨人"に憧れてバレーボールを始めたらしい。
しかし通う雪ヶ丘中学校には男子バレー部がなく、仕方なく1人で始めることにしたそうだ。
今日は他の体育館を使う部活が休みだったので、体育館を使おうと練習をしていたのだという。
そんなことを少しオーバーな擬音で紹介され、理解するのは大変だったのだけれど。
「えと、…先輩?は、どうしてここに?」
「あ、名前言ってなかったね。私は樫宮晴花。晴花でいいよ」
「ウス!よろしくお願いします!」
ぺこりと丁寧に頭を下げてくれた日向くんに微笑み、未だに持っていたペットボトルの容器を見る。
「…私、二学期からここの2年生になるの。前の学校でいろいろあったから」
「そうなんですか…」
目を丸くした日向くんに、私は目を向けた。
「そうだ、日向くんの練習を見学していってもいい?」
嫌だったらいいんだけど、と続けようとしたが、その前に日向くんに叫ばれてしまった。
「全然!どうぞ!お願いします!」
嬉しそうにそう叫んだ彼に、お願いしてるのこっちだよ、と笑顔を零したのだった。
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