”世界の歌姫”、烏合の衆に身を隠す。
□第6話
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「……もう、あれから1年かぁ」
烏野高校の門の近くの桜が咲き誇っている。
この光景は1年ぶりだ。
私が詩織と及川先輩、アイドルとしての仕事から逃げて、3年近くが経っていた。
テレビ番組や雑誌、様々なメディアを見ても、朱星晴花の名前が見られる事はなくなっている。
「………」
私は、いつまで逃げ続ければいいのだろうか。
舞い落ちる桜を見ながらぼんやりと考えていると、遠くで私の名前が呼ばれるのを聞いた。
振り向くと、月色とそばかすの青年がいた。
彼らも背が伸びて、少年というより青年に成長した。
少し前に「烏野受かりました」と連絡が来たのは記憶に新しい。
それから「入学式の日、一緒に行きませんか」と誘われ、私は桜の木の下で彼らを待っていたのだった。
「久しぶりね、蛍くんに忠くん」
そう声をかけると、2人はペコリと頭を下げた。
「お久しぶりです、晴花さん」
「会うのは久しぶりですね!」
「うん、電話はしてたけどね。2人とも大きくなったね」
精一杯の背伸びをして2人の頭を撫でようとするも、あと少しの所で届かない。
蛍くんは少し嫌そうに、忠くんは照れながら屈んでくれて、漸く撫でることが出来た。
「…髪、切っちゃったんですね」
蛍くんが、私の髪を見て呟く。
そうだ、最後に会ったのは髪を切る前だった。
雪ヶ丘に転校する前にショートカットにした髪は、短い髪に慣れたことから、それ以来ずっと意図的にショートカットにしてきた。
「うん、切ったら慣れちゃって」
そう言って撫でていた手を離すと、蛍くんが私の目を見てさらりと言う。
「へぇ…まぁロングでもショートでも、どっちの髪の晴花さんも好きですけどね」
その言葉に、顔が一気に熱くなった。
待て待て、今蛍くんは何て??
「えっ、ちょっと、蛍くん!?」
爆弾を落とした蛍くんの隣の忠くんも、顔を赤くしてアワアワとしている。
私も何も言うことができず、ただ口をパクパクさせる。
そんな私たちの前で、蛍くんは何事も無かったかのように言い放って歩き出していた。
「ほら、早く行かないと入学式遅れますよ」
彼の何も変わらない態度に、「私をからかっただけ…?」と考え直し、忠くんと顔を見合わせてから彼を追いかけた。
1年生の教室に向かう彼らと、2年生の教室に向かう私は別れ、新しいクラスへ向かった。
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「ツッキー、さっきどうしたの……って、顔赤くない?」
「うるさい山口」
「ごめんツッキー!え、でも熱とか…?」
「大丈夫だから」
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新しいクラスである2年4組には、同じ男子バレー部の縁下力と、成田一仁がいた。
「あ、晴花おはよう」
「おはよ、力も成ちゃんも1年間よろしく」
「その成ちゃんっていうの、そろそろやめない?」
苦笑する成ちゃんこと成田くんに、「慣れだよ慣れ」と笑った。
幸いというべきか、力とは席が隣だった。
必然的に3人の話題に登るのは、今のバレー部のことだった。
小さく俯いて、呟きを漏らす。
「…ノヤと旭さん、大丈夫かなぁ」
「……大丈夫、だとは思うけど…」
少し前の市内大会やその後の倉庫で起こった出来事を思い返す。
あの日の倉庫で、チームに亀裂が入ったことは間違いがない。
「おおどうしたお前ら、そんな辛気臭ぇ顔してよ!」
沈んだ私たちにかけられたのは、明るくて元気の出る声。
あ、と力が声を漏らす。
「田中おはよ」
そこにいたのは、クラスが違うはずの龍だった。
彼は欠伸を零しながら私たちに尋ねる。
「はよ。何かあったのか?」
「いや…ノヤと旭さんのこと」
「あー…そうだな…」
私が答えると龍も思い出したのか、表情を暗くした。
でもま、と彼はすぐに顔を上げた。
「2人なら大丈夫だろ!2人が帰ってきた時に笑顔でおかえりって言ってやろうぜ!」
そうにっと笑った彼に、私たち3人も顔を見合わせて笑った。
「ていうか晴花…お前よ…」
突然顔を怖いものにする龍。
私はひぃっと小さく悲鳴を上げる。
心当たりなんてないので、なに、と素直に尋ねる。
「朝門のところから一緒に歩いてきた長身の奴は彼氏ですかコラ」
「「はぁっ!?」」
私より先に目を丸くして、力と成ちゃんは私に詰め寄る。
「おい晴花どういうことだ!」
「俺達許さないからな!」
「晴花は俺らのもんだろ!」
力と成ちゃんと龍にそう凄まれ、私は3年生の先輩の所に逃げ込むのだった。
3年生の先輩方に事情を説明すると、「彼氏ではないんだな??」と何度も確認された後、追いかけてきた2年生達にうるさいとお説教した。
2年生達の誤解を解くのには時間がかかった。
やっぱりここは、幸せだと思った。
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