春の青
□香嚢
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「はぁ…寒いの…」
曹操は息を吐き、天を仰いだ。
夏侯惇も灰色の空を見上げる。
「雨でも降りそうな空だな…」
「ああ…」
収穫の秋となり、通りは普段より賑わっていた。
その賑いの中、久しぶりに二人きりで歩く。
夏侯惇は、昨年とある事件を起こしてしまい、曹操と二人きりで出掛けることを禁止されていた。
しかし今日は、曹操の従者が不在のため、特別に夏侯惇が付き添いすることになったのだ。
夏侯惇は、内心嬉しくて仕方ないのだが、顔に出ないようにしていた。
「…それで。何を買うんだ?」
「香嚢だ」
「香嚢?」
「ああ。どこかで無くしたようでな。いくら探しても見つからん」
香嚢とは、小さな布の袋の中に香薬等を入れたものである。
当時はかなり高価で、服飾の役割もあるが、魔除けの意味もある。
曹操の香嚢は、蒼地に鳳と飛雲が刺繍されていた。
「まぁ、無くて困るものではないがな」
夏侯惇は、曹操の話を聞きながら、横に並んでついていく。
普段なら、曹操の二歩後ろから従うのだが、嬉しさのあまり早足になってしまうのだ。
「あ…なぁ、お前のはどんなのだったっけ?」
曹操は歩を止め、夏侯惇の顔を見つめ、訊ねた。
「ん?何が?」
「香嚢だよ。ずいぶん前に儂が買うてやったやつ」
「ああ!……どうだったかな…?」
夏侯惇は首を傾げ、考えこんだ。
次の瞬間――
「えっ!?」
曹操は夏侯惇をおもいっきり突き飛ばした。