ひよまる's book!!!
□今、冬の星に向かう__。U
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その日の帰り、ケイは冬樹とともに下校していた。お互い、家が向かいなのだ。
校門前の、長い坂道を下る。
この坂道はなだらかだが、かなりの距離が続いているため、急いで登校すると地味にキツい。毎朝、必死な形相でこの坂を駆け上がっている生徒の姿は、この地域の風物詩とも言われている。
「ねぇ、ケイ…
さっきさ、今の自分、嫌いじゃないって言ったじゃん?」
「ん、あぁ…」
「実はさ。
むしろ好きなんだよね。今の自分」
冬樹は、女子から常に振られる手を振り返しながら、そうつぶやいた。
普通なら少し引く状況だが、ケイも、喋り方といい言動といい、人のことを指摘できない。
なので「あぁ…」とだけ返した。
「だからさっ、ケイ!」
冬樹がキラキラした表情で続ける。
「ケイも、好きなことやりなよ!」
「好きな、こと…?」
「自分の、好きなこと」
「…好きなこと、かぁ」
少し視線を空にさまよわせ、考える。
「あっ」
ひとつ、見つかった。
「ケイ、あった??」
「おぅ。ひとつあった」
それをしてて、楽しいもの。
自分を、ワクワクさせるもの。
もっとやりたい!と思うもの。
ケイにとって、それは、1つしかなかった。
「あたし、ベースが好き。
いくら夏芽がムカついてもいくら練習時間が無くてもどんなことがあっても!ベースだけは、大好き」
中学に入って、いろんな経験をして、そんな中で出会ったベース。
どっかの高校の文化祭で、ベースの音をきいた。ベースの姿をみた。
それは、初めてケイが好きになったものだ。
どんな障害物があっても、好きだという気持ちは、ケイの中で変わってはいなかったのだ。
ふと冬樹が、ケイに尋ねた。
「じゃぁやる? ベース」
「でも夏芽が…」
どうしても夏芽とは相性があわない。
そこだけが問題だった。
でも冬樹は、違った。
「夏芽なんて、問題じゃないよ。
やりたいなら、自分たちでやればいい。
私たちで、バンドを組めばいい。
…ねっ?」
立派な夕陽が街に影を創っていく中、冬樹のウィンクと共に提案された言葉は、どんな言葉よりも熱くケイの心根に響いた。