小説

□それぞれの日常
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ガラガラと教室の戸を開けると、赤毛の少年光子郎より先に着席している女子生徒の姿が目に止まる。
「おはようございます。黄昏さん」
他には誰もいない閑散とした教室に光子郎の声が小さく響く。
「‥‥あのーっ‥ 黄昏さん?」
反応のない黄昏女子に恐る恐る再び声をかけるが、やはり返事はない。
よく見ると黄昏は縮細工が施されたブックカバーの本を熱心に読み込んでいる。
「きれいだなぁ」
何とはなしに呟いた言葉に光子郎は慌てて口に手をやった。
綺麗というのはブックカバーのことなのか、涼しげな眼差しで読書に没頭する黄昏のことなのか、当人にも分からなかった。

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高校生活が始まってはや一週間。
少女ミミは今日も廊下を全力疾走していた。
「コラーっ! またお前か太刀川‼」
「ごめんネ先生、急いでるからまたネ‼」
生徒指導の鬼山の怒声を気にも留めずミミはそのままの勢いで走り去った。
『3.2.1』
「セーフ‼」
クラスメイトのカウントダウンに合わせてミミは教室に飛び込んだ。
「あ゛ぁぁー‼ 今日も間に合いやがった」
「ミミーッ!! ナイスタイミング」
男子の多くは頭を抱え、数人の女子がミミに抱きついた。
「わぁ〜い。ありがとう皆」
本人には内密で賭けが行われているため、ミミは素直に自分の遅刻回避を祝ってくれる友人達に礼を述べた。
お台場高校1年2組ではこの純真無垢な少女の初遅刻日を対象に食券が賭けられていた。
「おはよう太刀川嬢。えらいえらい。 そうでなくちゃ」
「うん。おはよう龍君」
ミミは遅刻を免れたことを褒められたのだと思いながら少し離れた席に座る同元の青年龍に微笑み返した。

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昼休みのチャイムと共に8組の戸が開いた。
「光子郎くーん。お昼一緒に食べよ〜」
「泉君。準備室に行こう。PC部の」
飛び込んで来たのはこのクラスではもう顔馴染みになった2人、ミミと龍だ。
「情報処理準備室ですね」
何故チャイムが鳴り始めると同時に現れることが出来るのか、この人達は毎回授業をきちんと受けているのだろうかとかの疑 問はあえて口に出さず立ち上がった。
「泉くーん。おかず交換しよう」
「ほらいつまでも座ってないでアナタも来るのよ黄昏」
ハイテンションな2人に連れられて、 黄昏と光子郎は教室を出た。

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精密機械の傍は基本的に飲食が禁止であるためPC部の4人は、いつも隣の情報処理準備室でお弁当を広げていた。
「それでお昼足りるの?」
黙々とハムカツロールを頬張る黄昏に、ミミは小首を傾げるが返答はない。
「ちょっと!  その1回他人を無視するクセ直しなさい‼」
「泉君その玉子焼きくんない?」
「またですか?」
騒ぐミミに脇目も振らず龍は光子郎の弁当の中にある黄金色の厚焼きを指さし、光子郎は口では不満を言うものの弁当をそっと差し出す。
「なんで毎日パン1コなわけ?それも毎日
いっしょのパン」
「ハムカツ…美味しいですよ?」
「知ってるわよ! そうじゃなくて」
毎日昼が少量なのをミミは心配しているのだが、どうも黄昏には伝わっていないらしい。
「はいコレ」
「なんですか?コレ」
溜め息と共に差し出されたコロッケを黄昏は訝しげに見つめた。
「太刀川家特製コロッケよ」
「た、太刀川特製!?」
「おおー 美味そう」
ミミのコロッケに眼を輝かせる龍とは対照的に幼馴染みの光子郎は顔を引きつらせた。
「おいしいわよ〜 イチゴと練乳と…」
「待て太刀川」
コロッケの材料を聞いて眼を輝かせていた龍が青冷めて止めに入った。
「なんだそれは‼」
「太刀川家特製キムチコロッケよ」
「キムチかよ!」
「…おいしいですよ」
もしゃもしゃと差し出されたコロッケを咀嚼する黄昏に龍は絶句し光子郎は苦笑を洩らした。

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それぞれが昼食を食べ終わった頃、龍がふと口を開いた。
「GWが明けたら球技大会だよね」
「はい。女子がバレーボール、男子がサッカーで す」
急な話題にも光子郎は素早い対応を見せる。
「そういえば、そんなものがありましたね」
「あー だからこの後HRなんだ」
ミミの方は本気で忘れていたようだが、黄昏はさして興味もなさそうに本を開き始めた。
「サッカー‥ だっけ?」
「はい。男子はサッカーです」
突然活力を失った龍に首を傾げながらも光子郎は続けた。
「僕運動は嫌いではないんですが苦手で、青園君はどうですか?」
「‥えっ!? あぁ俺も‥」
心ここにあらず。いつもならもう2.3龍が話題を広げるのだがそれもなく、会話終了かと思われたその時準備室の戸が開いた。
「おーい。1年8組の泉光子郎っているか?」
「たっ太一さん!?」
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