盲目なシナリオ

□第03章【事務】
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「すみません、部屋の空きがここしか無くて。」
「いえ。お忙しい中お手数おかけして申し訳ありません。ありがとうございます」

目の前で丁寧に謝罪をするのは今日から同じ職場の先生。確か一年担当の土井半助さんだ。学園長から私の部屋の案内を頼まれた彼はイヤな顔一つせずに言われた通り私を連れ事柄を終えた。襖を開けると田舎のおばあちゃん家を思い出すような畳の匂い。この匂いは結構好き。改めて部屋の中には入らずこちらの様子を見ていた土井さんにお礼を言うと変わらぬ微笑みを返してくださった

「では何かあったら遠慮なく申しつけてください。それではこれで私は御暇しますね」

そう言うや否や背を向けて歩き出そうとしていた彼だが、何かを思い出したようで「あっ、」こちらに振り返る。

「あの、学園長先生が仰っていたのですが、やはりその姿だと色々目立つのでこちらで用意した振袖を着用して頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「はい。もちろんですよ」
「ありがとうございます。振袖はあの引き出しに入っていると思うのでそれを着てください」

大人の対応とはさすがだ。どんなに自分が良く思っていない相手でもそれを顔に出すことなく、己の職務を熟すのだから。口角を下げない貼り付けたような顔は居心地がいいとは到底言えない。言われた通りの引き出しを開けると、落ち着いた色の数々の振袖が。一番前に出ていたものを取り出した所を見た土井さんは部屋の襖を閉めた。まあ、気の利く男性はさぞかしおモテになるんでしょうねえ。土井さんが色々な女の子たちに言い寄られている姿が目に見える。そうくだらない事を考えて振袖を着始めたが、困った。これは困った。振袖なんて着たことがなかったが何とかなると思っていた。だが、なんだこれは。下ろす視線の先にはグチャアッとして何とも不恰好な姿。こんなだらしがない格好ではとてもじゃないが出歩けない。どうしようかと暫し思考を回してると、不意に土井さんのお声がかかる

「終わりましたか?」
「え、っと、ま、まだ、...です」
「......すみません、失礼しますね」
「は、あ、あの!?」

何を思ったのか突然スパんっと音を立て部屋の中に入ってきた土井さん。まだと告げたはずだが聞こえなかったのだろうか。いや、そんなわけない。分厚くもない襖一枚で聞こえなかったはずがない。思わぬ出来事できちんと着れていない自分の姿を隠すのを忘れていた。目の前まで来た土井さんは気まずそうに視線を彷徨わせる

「.....あの、服...」
「あ、すみません。お見苦しいものを。」
「え、いや!そうじゃなくてですね!」

もしかしたら着方が分からないのかと思いまして。と、相変わらず絡み合わない目線のまま言葉を繋がれ、ようやく理解した。なるほど土井さんが着方を教えてくれるのか。ここで断ったらこの部屋からこのまま出れなくなるかもしれない。有り難い申し出に素直にお願いします。と言えば土井さんは満足そうな顔で頷き、丁寧の言葉じゃ表しきれないほど丁寧に振袖の着方を教えてくださった


(良い人。いい人。善い人。)

(優しさの裏に隠されているものには知らないふり)

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