Short Sleep

□月夜の晩に
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「ふん…よく吠える奴程弱いってえのはよく言ったもんだぜ」

『あ…』

にっと口端を上げたその人は刀を鞘にしまい呆然としている私に背を向けこの場を立ち去ろうとしたので私は咄嗟にその人の背中に向かって声を掛けた。

『あ…あの!』

「…なんだよ」

『えっ?!あ…あの助けて頂いてその…』

「勘違いすんな」

『え』

「俺ぁお前を助けてやった訳じゃねぇ。楽しい気分を害されて腹が立ったからそいつを斬っただけだ」

男はそう冷たく言い捨て再び歩き出したので私はこのままでは命を救ってくれた恩人にお礼も何も出来ないと思いまだ震える足を何とか立たせその人の着物を思い切り引っ張った。

「…おい。おめぇも斬られててえのか。馴れ馴れしく触んじゃねぇ」

『そっ…そうは言われましても貴方は一応命の恩人ですし何かお礼をさせて下さい!』

「だから俺ぁお前を助けた訳じゃねえと言ってんだ。人の話をちゃんと聞け」

『じゃっ…じゃあせめてお名前を教えてくれませんか?このまま何もお礼をせず貴方を帰したら私の気が済みませんしあの…』

食って掛かる私に男は聞こえよがしに溜め息を吐き出し私の方に振り向き月明かりで更に怪しく光る綺麗な紫色の瞳で私を見据えてきたので私は思わずその綺麗さに見惚れてしまった。
男の人にこんな事を思ってしまうのは失礼な話かもしれないけど間近で見るその人は何とも言えない危険な香りと色っぽさを醸し出していてこんな時に私はドクンと胸の鼓動を高鳴らせてしまった。

「…俺の名を知りてえとお前は言うが知った所でお前にとって何の得にもなんねえぜ。世の中には知らなくていい事もある」

『で…でも…それでも私は貴方の事を知りたいと思います』

「俺の“事を”だと?クックッ…こいつぁ面白い。名前じゃなくて俺の事を知りてえなんてよ」

『あっ…い…今のはその…こっ…言葉のあやで…』

「俺に一目惚れでもしちまったか」

『ちち…ちが…』

私は私の心の奥底にある想いを見透かされたようで顔を熱くさせてしまいその人から視線を逸らしてしまった。
が、その人はそれを面白い物を見たといわんばかりに再び喉を鳴らしながら私の顎を強引に掴み上げてきたので私は目を見張ってしまった。

『ちょっ…ちょっと!いきなり何を…』

「ほう…まあ悪かねえな。暇潰しに使ってやってもいいぜ」

『はい?!』

「おい何だよその阿呆面は。馬鹿そうに見えるから止めた方がいいんじゃねえか」

『ばっ…馬鹿って…』

「お前の名は何つうんだ」

『な…名無し子ですけど…』

「名無し子…か。覚えといてやらぁ」

なんて意地悪な顔をするんだろうか。
それにこの人を探るような、そして射ぬくような目は更にこの人の怪しさを倍増させる。
けれどそうは思えどこの人の事を知ってみたいと思ってしまっているのもまた事実で私はその怪しく揺れる紫色の瞳から視線を逸らせずにいた。

「中々面白ぇ女だな。この俺にこんだけ見られて体を震えさせねえとは」

『え…?』

「ククッ…まあお前がそんだけ言うなら礼でも何でもさせてやらぁ。じゃあな名無し子」

そう言ってその人は満足気に笑いながら今度こそこの場を去っていってしまい私は顔を熱くさせたまま再び呆然としながら遠ざかっていくその背中を眺めていた。
結局名前を聞けなかった事に気付いた私はしまったと思いながらも落ちてしまっている買い物袋を手に取り溜め息を吐き出した。

『礼をさせてやるって…名前も何も聞かせてくれなかった癖にどうやってお礼しろっていうのよ』





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