蜜より甘く

□scene1
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「晋助様」

「…どうだった」

「申し訳ありません…」

「謝るこたぁねえよ。これは単なる俺の我が儘だかんな」

高杉は跪く部下の横を奇抜な着物をたなびかせながらスルリと通り抜け薄暗い外へ足を踏み出した。本来外に出る事は避けなければいけない事だが高杉は特に気にする風でもなく煙管を吹かしながら賑やかな遊廓街を眺めた。酒に酔った者、女と戯れる者、それから遊廓の女達が店に入って貰おうと通り過がる男に女特有の色気を放ちながら声を掛けている。
人間という生き物の欲望が色濃く渦巻いているこの街を高杉自身は気に入っている為こうしてたまにぶらりと訪れては適当な遊女を適当に身繕い一夜を共にした。

「あら晋助さんじゃないの。今日も寄ってってよ」

「今日はそんな気分じゃねぇんだ。他をあたれ」

「そんな事言わずに…ね?」

遊女らしい独特の色気を放ちながら高杉の肩に手を置く遊女に高杉は口端を上げ手を払い除けた。

「俺ぁ一度抱いた女は二度相手しねぇ事にしてんだ。じゃあな」

素っ気なくそう返事を返し再び歩き出した高杉は背中に突き刺さる視線に気付きつつもクツクツと笑いながらそれを無視し目的の場所まで歩いていく。高杉には遊廓街を気に入ってる理由はもう1つある。遊廓街はこの街一番に色んな情報が飛び交うからだ。それは高杉にとってとてつもなく重要な事だった。

「あれが生きてたら20位にはなってるか。けどこれだけ探していねぇって事はもしかしたら死んでるかもしれねぇな」

らしくもなく思わずそう呟いてしまった高杉は自嘲の笑みを浮かべ遊廓街の先にあるポツンとした茶屋に入っていった。
暖簾をくぐるとヘッドフォンを耳に付けた見覚えのある男が座っていたので高杉はその前に回り込み椅子に腰を下ろした。

「来たでござるか」

「情報は手に入ったか」

「たまには挨拶位してもいいと拙者は思うでござるよ」

「万斉…俺ぁ馴れ合いに来たわけじゃあねぇんだよ」

高杉に鋭い視線を送られた河上万斉は肩を竦めながら苦笑し首を横に振った。

「何も無しでござる」

「…そうか」

「随分長い年月探してるみたいでござるがそんなにその吉田名無し子という女子は別嬪でござるか」

「ああ…極上の女になってるに決まってらぁ」

少しだけ口元を緩めた高杉を河上が見逃す筈もなく珍しい物を見たといわんばかりにその顔を眺めていた。
そう、高杉が探している吉田名無し子という少女は高杉にとってかけがえのない存在であった。今でも目を閉じれば少女のあのあどけなく可愛らしい笑顔が浮かんできてしまう程にだ。

「あいつぁ松陽先生の大切な忘れ形見だかんな」

「そうでござるか。しかし名無し子という女子は何処に行ってしまったんでござろうな」

「知らねぇ。その情報が入ってりゃとっくの昔に俺ぁ名無し子の事見つけてる」

「攘夷戦争の時でござろう?時が時だったしよからぬ輩に連れ去られた可能性もなくはないでござろうな」

「どちらにせよ無事ならそれに越した事はあるめぇよ」

河上がそれに頷いていると高杉は席を立ち暖簾をくぐり再び外へ出て拠地への道を歩いていく。こうして遊廓街に何度通い何度あの茶屋で河上と会ったのだろう。自分がこんなにも少女を求めているなんて自分でも笑ってしまう位高杉は名無し子に会いたくて堪らなかった。

「ふん…俺もとんだ酔狂な野郎だったってぇわけかい」







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