番外編
□甘やかす理由
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「名無し子…おい名無し子」
『え?あ』
名無し子が万屋の階段を上ろうとすると階下から桂が手招きしているので名無し子は目を見張りながら桂に近付いていった。
『どうしたのヅラ。ねえ、上に上がればいいじゃない』
「駄目だ。上に行ったら確実に引き止められるからな」
『何の事?』
「そんな事よりもお前は今から暇か」
『暇といえば暇だけど…』
「そうか。なら俺と今から出掛けよう」
『えっ…ちょ…ちょっとヅラ?!』
いいと返事をする前に桂は名無し子の手を握り締め歩き出したので名無し子は呆れながらもその強引さは相変わらずだと笑みを浮かべ大人しくあとを付いていった。
「ここだ。入るといい」
『ここって甘味屋さん?』
「そうだ。名無し子は甘い物が好きだっただろう?だから連れて来てやりたくてな」
『ありがとうヅラ。でもそんなにうろうろしてて大丈夫なの?』
「そんな事お前が気にする事はない。遠慮せず沢山食べるといい」
『沢山って…そんなに食べたら太っちゃうよ』
「何を言う。お前はもっと太った方がいい。ほら、肥える程沢山食べろ」
『肥える程って…もうちょっと言い方ってものがあるでしょ』
名無し子はメニュー表を桂から受け取り視線を落とすと思ったよりも種類が豊富な事に驚いてしまい目を輝かせてしまった。
『ヅ…ヅラ!本当に沢山食べていいの?!』
「ああ」
『ねえ、こんなに種類が多くて悩んじゃうよっ。どれがいいかな』
「順番に頼んでいけばいいだろう」
『そっ…そっか。それじゃあ早速頼んじゃおうかな。あっ、お姉さん注文お願いします!』
生き生きと注文する名無し子のその姿に桂は思わず笑ってしまった。
名無し子と生き別れてから数年経っており再びこうして再会出来たのは実に喜ばしかったがあの頃と変わってしまっていたらどう接すればいいものかと悩んでいたがどうやらそれは余計な気鬱だったようで目の前で今か今かとそわそわと甘味を待つその姿は昔そのままの名無し子だった。
まあ外見はグンと大人っぽくなり色気が出てきたのは別の話だが。
「お待たせしました」
『来た!いただきますっ。…っ…』
「ど…どうした名無し子っ」
『お…』
「お?」
『美味しい〜!美味し過ぎるよこれっ。幸せ〜』
「…驚かせるな馬鹿者が」
『ごめんごめん。ねえ、ヅラは食べないの?』
「ああ、俺はいいんだ。名無し子が美味しそうに食べているのを見てるだけで満足だからな」
『…あのさ』
「なんだ」
『ふふ、うん。ヅラって昔から私に甘いよね』
「そうか?」
『そうだよ。ずっと聞いてみたかったんだけど何でヅラは私をそんなに甘やかしてくれるの?』
「何で…か。そんなもの考えた事もないから分からんな」
『ふ〜ん?』
桂の返答に特に気にする様子も見せずにこにこと機嫌が良さそうに甘味を再び食べ始めた名無し子を桂は目を細めながら見据えた。
何故なんて言われると非常に困る。
困るのは自分が名無し子を甘やかす理由があまりにも単純で聞かせたら絶対笑われてしまうのは目に見えているからだ。
そういえば自分はいつから名無し子を甘やかすようになったのだろうか。
桂はその頃を思い出すように目を閉じた。
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