Short Sleep
□月夜の晩に
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『はぁ…ちょっと遅くなっちゃったな。もう店長ったらああいう事は早く言ってよねって話よね』
仕事が遅く終わり私は早歩きで帰路へ着いていた。
最近物騒だからといつもは早く帰れるんだけど、どうやらうちの店長が今日は棚卸しだという事をすっかりと忘れていたらしくどうしても手伝って欲しいって事で今の今まで残業しててこの時間になってしまったというわけ。
『う〜ん…近道した方が早く帰れるかな。よし、そっちで帰ろう』
とにかく早く帰って毎週かかさず見ているテレビドラマを見逃したくないというのもあり私はあえて人通りが多い道から外れ薄暗い路地へ入った。
『…街灯が少ないってちょっと不気味かも。こんな時ドラマだったらあれよね。なんて言ったかな…』
「よおお嬢ちゃん。こんな薄暗い所で一人何やってんだい?」
『そうそう!そんな感じで女性が襲われてって…え?!』
ドラマでありきたりなお決まりの台詞が自分の背後から聞こえてきたので私は恐る恐る後ろを振り返り悲鳴を上げた。
上げたというより声には出なかった。
人間って不思議なものでこういう危機的状況になると喉で悲鳴が上がるんだなんて呑気な事を考えつつ私は男からとにかく距離を取ろうと後ろに後ずさった。
「へっへっ。そんなに怖がんなくてもいいだろ。なあ、ちいとばかし俺と楽しい遊びしようじゃねえか」
『おお…お断りしますっ』
「そうつれねえ事言うなよ、な?可愛がってやるからよ」
『嫌だって言ってるじゃないですか!』
男の腕を振りほどこうと私が腕を上げるとその手が男の頬にかすってしまい、それに苛立ったのか男は刀を抜き私の喉元に突き立てたので私は恐怖から動けなくなってしまった。
「おいっ…大人しくしてねえとこのまんま喉かっ斬るぞ」
『ひっ…』
「すぐに終わらせてやるからそう固くなんなって。お互い気持ちいい思いしようって言ってるだけじゃねえか」
下卑た笑い声を上げながら男の荒く、そして生臭い息が顔にかかり文字通りベロリと私の頬を男が舐めてきたので私は鳥肌が立つと同時に一気に血の気が引いていってしまい恐怖から涙を浮かべさせてしまった。
「そこまでだ」
「だっ…誰だ」
「俺が誰かなんざお前には関係ねえしましてこの状況だって俺にとっては関係ねぇ。ただ人が酒呑んで楽しい気分でいる所を水さされたのがちいとばかしいただけねえと思ってな」
『だ…誰?』
私がゆっくりとその人に視線を向けるとその男は顔の左目に包帯を巻き女性が好むような奇抜な紫色の着物を身に付け余裕の表情で煙管を吹かしていた。
見るからにこの男も怪しげだけどこの状況を救ってくれるならと思い私はその人に懇願するような視線を送った。
「おい、この女は俺の獲物だぜ。それを横取りしようってのか」
「クックッ…馬鹿言ってんじゃねえよ。俺ぁ生憎お前みてえに女に飢えてるわけじゃあるめぇしそんなものに興味はねぇ」
「なら邪魔すんじゃねぇ!」
「こんな月が綺麗な晩に顔も心も腐りきった奴見てると腹が立ってきちまってな。ちいとばかしからかってやりたくなんだよ」
「ぬ…ぬかせぇぇぇ!」
私を突き飛ばした男が包帯を巻いた男に斬りかかっていったけど包帯の男はそれを笑いながら楽しそうに余裕の表情で難なく避けていて、やがてそれの繰り返しも飽きてきてしまったといわんばかりに包帯の男は刀を抜き素人目でも分かる程の見事な剣さばきであっけなく男を斬ってしまった。
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