蜜より甘く

□scene1
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拠地に戻った高杉は思わず眉をしかめてしまった。目の前の光景に、そして来島また子と武市変平太に挟まれ縄で腕を縛られながらもぎゃあぎゃあと騒がしく声を上げている女がいたからだ。

「その女はなんだ」

「あっ、晋助様!実はこの女こそこそとここの様子を伺っていたんで連行してきたっす!」

『だからたまたまここを見てただけだって言ってるでしょ?!』

「お嬢さん。素直に白状した方がいいですよ?フェミニストな私は貴女のような美しい女性に手荒な事はしたくありませんので」

『だから素直に言ってるって言ってるの!』

そう言って二人を睨み付ける女に高杉はゆっくりと近付き顎を掴み上げその顔を凍てつくような視線で見下ろしたが女はそれに臆する事もなく負けじと睨み返してきたので高杉は喉を鳴らしてしまった。

「なにもんだお前」

『…何者でもないですけど』

「クックッ…この俺を前にしてその態度とは単なる馬鹿かむざむざ命を捨てにきたのかそのどちらかしかあるめぇよ」

『殺す気?』

「事と次第によっちゃあな」

『何よそれっ…信じらんない!』

眉間に皺を寄らせ顔を逸らすその女のその仕草に高杉は目を細めながら女の顔をじっと見やりまさかとは思いつつも視線を着物から少しだけ覗いている鎖骨に落とし目を見開いてしまった。
探し求めていたあの幼い少女とこの目の前にいる女はあまりにも似すぎているからだ。

「お前名前は」

『言う必要ないでしょ』


「そうか。なら言わせて貰うがお前の名前は名無し子…吉田名無し子っていうんじゃねえか」

『ち…違うわよ!何を根拠にっ…』

「根拠ならある。その右の耳朶の黒子2つ、そしてこの鎖骨にある傷痕…これがお前が吉田名無し子だっていう何よりの証拠になるにはちげぇねえな」

『…貴方誰なの?』

確信めいた高杉の物言いに名無し子は眉を潜めながら高杉を見上げそれに対し高杉は見れば見る程少女と重なるその態度とあの時と何も変わらない黒い意志の強そうな瞳を懐かしむように見つめながら口端を上げた。

「随分つれねぇ事言うじゃねえか。長い事危険を犯してまでお前を探してやってたのによ」

『はあ?』

「まさか忘れたわけじゃねえだろう?松陽先生の事や寺子屋での事を」

その名前を聞いた瞬間女は目を見張った。どうしてその名を知っているのか、どうして寺子屋での事を目の前に居るこの男が知っているのか見当がつかずただ黙り込んでしまう事しか出来なくなってしまった。

「本当に俺の事分かんねえのかよ」

『…覚えがないもの』

「いつも寺子屋で俺の隣に座ってた事さえも忘れちまったか?」

『隣の席…?ま…まさか…』

「ああ、そうだ」

『“晋助ちゃん”?!』

「「しし…晋助ちゃん?!」」

自分達の隊長…ましてあの誰もが恐れおののく鬼兵隊の高杉晋助に向かって“晋助ちゃん”呼ばわりをした女を来島と武市は目を見張りながら見下ろした。
しかしちゃん付け呼ばわりされた当の本人はさして気にする風でもなく満足気に笑みを浮かべた。






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