狂愛夢道

□結婚したら正体がヤンデレ吸血鬼だったので、逃げようと思います。
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 私が異世界に来てから3年が経ち、21歳となって王子様と結婚式を挙げた直後のこと。

「シェルベート?」

 誓いのキスをして、さぁ初夜を迎えよう!という時。
 私は目の前にいる夫となった、この国の王子シェルベートの顔を見て名前を呼んだ。

 いつもニコニコとして、心優しくスマートで、頼もしくかっこいいシェルベート。

 それが、私が大好きになったシェルベートのはずなのに、目の前にいる人は一体誰なのでしょうか。

 笑顔が消え、口は不敵に笑っている。

 瞳は私だけを見つめ、私以外を捉えようとしない。


「シェルベート?」


 もう一度名前を呼ぶ。

 すると、シェルベートは私を強く抱きしめました。

 何事かと思い、腕をつっかえ棒にしますが、ゆっくりと両手で私の頬を包み、優しいキスを落として、首筋に顔をうずめられた刹那のことです。


 がぶり。


 と強く首筋を噛みついたシェルベート。


「いっ…た。」


 温かい血が出てきて、シェルベートはそれ啜った。


 ピチャリ、と卑猥な音が薄暗い部屋で響き私は身を捩ることで現状を回避しようと試みたが、鋭い目つきで微笑んだシェルベートを見て、動くことが出来なかった。



「やっと、僕の物になった。愛しているよユキノ」

 月夜に映されしシェルベートの本来の金髪に碧眼の瞳が紅蓮の炎のように真っ赤に変わり、髪は毛先から白へ変わった。

 その光景を見て私は首を捻る。

 え?待って。なにこの光景…

 突如として、記憶の断片がバラバラに分かれ一つ一つのピースが揃った。

 その光景は、私が高校生の時にハマっていたTrip Vampire Loversという名前の高難度腐女子向け乙女ゲームの王子ルートで、王子の本性が明らかになるシーンである。


 ゲームでは、このシーンがとても萌えていたがいざ自分が体験すると、苦痛に顔は歪んでしまうし喫驚だしで一つも萌えない。


 また、王子ルートのこととゲームの名前は思い出せたが、他ルートのことがさっぱりと思い出せないのだ。

 何はともあれ、この王子ルートはとても痛いし怖いし自由が無かった。


 思い出して自分も後のちにあんなことやこんなことをされ続けるのかと思ったら、先ほどの噛まれた痛みに乗じて涙が溢れてくる。

「どうして泣くの?僕に愛されて嬉しいはずなのに」

 これからの人生に涙してたんだよ!!と、ツッコミたい気持ちを抑えて涙を拭おうとするとシェルベートの端正な顔が近付いてきて、流した涙をペロリと舐めとられた。


 そのまま私の顔を見て、満面の笑みでキスをしてくるシェルベート。


 ぼーっとその光景を客観的に眺めていると、ハッと我に帰る。

 この流れは不味い!そのままベッドに押し倒され、貪るように喰べられるパターンだ!

 美形に、しかも吸血鬼王子というハイスペックな夫に喰べられるのは夢でもあるが、この乙女ゲームは甘いだけではないのだ。

 貪り喰われた後に目が覚めたら、ベッドに縛りつけられているという緊縛プレイの毎日が待っているのである!


 そんな、自由も糞もなにもない毎日は嫌なので、どうにかこのフラグを折りたい。

 そして、あわよくば逃げたい。

 このヤンデレ吸血鬼王子の夫から。

 そんな切な願いとは裏腹に、既に上半身は脱がされあられもない姿となった私は、本気で逃げなければならないと思った。

 思ったのだが、このハイスペックヤンデレ吸血鬼王子は上手い。

 なにもかもが。


 高校3年の時に召喚され、日本に居た頃からある程度そこそこ経験は積んでいた私だが、これ程のハイスペックとテクの男とはもちろんしたことなどないので、身体が素直に反応する。


 あぁ、気持ちがいい、このまま快楽に落とされてもいいさえ思える手付きと舌使い……。

 いや!負けるものか!

 そう強く快楽に溺れようとしている自分を立て直すが、シェルベートはその気を無くすように快楽に私を溺れさす。

 そして、絶頂を味わって私の意識は途切れた。





 すみません。快楽には逆らえませんでした。




 あぁ。3年前の私よ。

 どうして、早くに気付かなかったのですか。

 そして、どうして王子の好感度をいつの間にか上げていたのですか…。

 思えば思い当たる節は幾つかあった。

 例えば、初めて召喚されてシェルベートに会った時。


「ここは…どこ?」

 そうだ!この時!!何をきょとん、と現状維持出来てません。みたいな馬鹿キャラをやったんだよ!私!!


 しかも、この台詞が1番好感度が上がる台詞だった!ゲームでは「ここは…どこ?」と「だれ!?貴方達!私さっきまで学校の前に居たのに!」と、何故か先ほどの自分の状況をさりげなく伝える台詞と「(静かに泣き出す)」というものがあった。

 これは最後のやつが1番好感度が上がらないものだ。
 王子ルートのシェルベートは、すぐに泣く女は面白くないと思っていたから。
 好きになってから泣き顔がそそるようになるというものだった。

 ちっくしょう!初っ端から好感度を上げてどうする!そうだ!しかもこの後の状況を説明されたときにも…

「事情は分かりました。まだ実感湧きませんが頑張ります」

 あの時の私、だ・ま・れ!?
 なに、収拾付くの早いですよアピールしてんだよ!泣けよ!帰りたいって言えよ!確かに目の前にいる美形王子に頬を桃色に変えながら、ここに居てもいっかなー!って考えてたけど!少しでも好感度良く見られるように丁寧語で喋ってたけど!!

 熟、私の選んできた言葉は好感度アップするのに十分なものばかりで、王子ルート1番の難関である私が攫われるイベントフラグでも、王子の心をガッツリと掴んでしまった!
 この時、なんで初めての涙を見せたんだよ!もっと泣くとこあっただろ!何してんだよ!私!!

 初めての涙を見せた私にコロッと王子いっちゃって、初めてのキスを交わしたんだ。そして、王子のヤンデレが目覚めつつあったんだ。


 あぁ…。誰か私を連れ出して。
 後のちに酷い事をしてくるヤンデレ吸血鬼王子から私を逃がして…。

 そんな私の思いは、誰にも届くことはなかった。
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