狂愛夢道
□結婚したら正体がヤンデレ吸血鬼だったので、逃げようと思います。
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澄んだ緑の森の中、木漏れ日が心地よく暖かな膝の上で寝返りをする。
ん?膝の上??
「だ、だれ貴方!」
勢い良く起き上がり、胡座をかいて懐かしい和柄の扇を片手で仰いでいる青年に目を向けた。
金の瞳から、視察場所で出会った青年かと思うが髪型が違う。
街で会った青年は前髪が少し長く決して括るほどではなかったから。
だが、目の前にいる青年は金の瞳におろしたら腰ほどの長さであろう長い金色の髪を左肩で緩く括っているのだ。
ゆったりと気崩された襟元からは白く健康的な鎖骨と胸筋が目に入り、余裕を持たせて帯を締めているのでだらしない印象にも取れるが、羽織りの一面に椿の花が咲いてて柄の全てに金糸のふちどりがあり、とても華やかだった。
ついつい魅入ってしまう魅力に苛まれるが、首をブンブンと振り回避した。
「なんだ、異世界人なのに鬼は見たことないのか」
「お…に?」
「異世界の言葉で鬼。こっちで言うなら吸血鬼に近いな」
パチンと扇を仕舞い、淡々と言ってのける目の前の鬼と名乗る青年。
青年だけじゃない。
私は周りの光景にさえ脳が追いつかなかった。
西洋を象かたどったはずの乙女ゲーム、それがVampire Lovers。
こんな石段や社やしろがある和の世界なんてあったか?まだ確証はないけど、こちらの世界で吸血鬼と呼ばれているならVampire Loversの攻略キャラかもしれない。
王子ルートでこんなイベントはないはず。
だとすると、私が逃げたことでフラグが立ったに違いない!
Vampire Loversの攻略キャラなんて皆、手に負えないヤンデレばかり、こんな訳のわからないところに居たら命がいくつあっても足りないわ!
そう決めた私は、立ち上がり森を抜けようと鳥居へ走った。
横目で鬼と名乗る青年の口端が上がっているのが見えるが無視だ!捕まっては元も子もない!
鳥居は遠からず見えているのに、いくら走っても一向に近くに行けない。
手毬で遊んでいる子ども達だって追い越して鳥居へ走っているのに、どうして近付けれないのか。
そのとき、鈴の音が転がるような声が聞こえた。
“ 黒髪姫様微笑みかける
姫様力を授けてくれる
足りない足りない力が足りない
姫様真っ赤に染まりゆく
怒る大地に火達磨ひだるま転がり
姫様涙で雨を降らせた
姫様姫様姫様姫様
愛しい皆の姫様はーーーー ”
手毬で遊んでいる子供たちの童歌わらべうたが頭に響いて行く。
走っているのにその場で止まって聞いているかのような童歌は、気が狂いそうなほど私と混同した。
やめて!歌わないで!
私はぐちゃぐちゃになりながら石段に躓く。
顔面から石段にこんにちはするところだったのを街で会った片目が瞑られている青年の腕によって救われた。
「逃がさないよ。姫様」
笑顔で歪んでいる青年に捕まり、怖さで意識を手放す。
もういやだ、帰りたい。
こんな狂った世界からーーー。
「蘭月、威勢がいいな。今回の姫様ってのは」
蘭月と呼ばれた男は姫様と呼ばれるユキノを腕の中で抱き上げて、自分と瓜二つの顔に嫌悪丸出しで睨む。
「香夜、なぜ姫様をみすみす逃がした」
「逃がしてなんかないさ。姫様に鳥居は潜れないと分かって、せめてもの情で逃げる気分だけ味合わせてもいいかなって俺の優しさだよ」
悪いことなんてしていないと言って、逆に良くやったよという風に、したり顔を見せる香夜を蘭月は溜息だけして社に向かって歩く。
「蘭月。お前昼間ここにいなかったが、まさかその片目で街へ行ったんじゃないだろうな」
蘭月の後ろを付いてくるだけだった香夜が昼間のことを蒸し返す。
そう、蘭月は昼間街へ出ていた。
この世界の鬼達は楠木くすのき一族しかいない。
誕生の理由は分からず、生まれてくる者は必ず病を患っていた。
その病とは身体が徐々に固まっていくもので、後に心の臓まで固まる魔の病だった。
蘭月の片目が閉じられたままなのも、その病のせいである。
「まぁ、いいよ。姫様が目を覚ます頃には蘭月の目も治ってるだろ」
こんな魔の病の治療薬は一つだけ、異世界人ーー黒髪の女ーーの血。
「嬉しいね。この姫様の血で、俺の片目がまた開くんだから」
社に着いて用意された豪華な敷布団の上にユキノを荒々しく降ろすと、上に跨り首筋を舐め始める蘭月。
辺りは赤い提灯が照らし、蘭月の金の髪は白髪へ変わり、金の瞳も赤く染まった。
2本の牙が口から顔を出し額に2本の角つのが現れるのであった。
「いただきまあす」
大きく開かれた口はユキノの首筋をがっちりと掴んでツプリと牙を差し入れる。
その痛さに目が覚めたユキノは霞む目を擦って状況を把握した。
「や、めて!いったい…」
容赦無く啜られる血に意識が遠退くが、ぐっさりと差し込まれた牙は抜き取られた。
「お目覚めですか?姫様」
綺麗に整った口の端から流れる血が床を濡らし、閉じられていた青年の片目が開かれる。
閉じられていた瞳は同じく金色で両の目を細めて酔狂に笑い始めた。
「叫ばないでね、鬱陶しいからーー」
そう耳打ちされて絶対叫ぶか!と意気込むが、伸びた爪で太ももを血が出るように引っ掛けられれば叫ばずにいられない。
「……い、ったいわ!!!」
スパーンッと太ももの血を舐めようとしている阿呆な頭に拳骨げんこつをお見舞いしてやった。
そのとき、一時の開放感と快感があったが、凄い力で押し倒される。
「何回言わせるの?次はないよ。俺たちが欲しいのは姫様の血だけ。姫様自身は死んでても生きててもどっちでもいいんだからね」
鬼の形相で笑いながら取られた手首に力を入れられ、鳴ってはならない音がミシミシと鳴る。
殴って大変申し訳ございませんでした。