狂愛夢道
□結婚したら正体がヤンデレ吸血鬼だったので、逃げようと思います。
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鳥の囀りと朝日に照らされて、目を開ける。
ふと、身体の自由が利かないことに納得する自分がいた。
冷静に考えていると頭上でクスリと笑う音が聞こえる。
「これが何なのか気になる?」
頑張って声のする方へ顔を向けると、私の両手を縛っている縄に触れるシェルベート。
やっぱりか…。
これは新章にスタートして、ラブ甘な緊縛プレイ新婚生活を送るための幕開けである。
そのために今日一日は外にも出して貰えず、ひたすらシェルベートに可愛がられるという甘々ストーリー。
このストーリーを24時間体感するのがキツイ。
というか、今の体勢が既にキツイ。
私はシェルベートを睨みつけて見た。
「シェルベート、どうしてこんなことをするの?」
恐らく、シェルベートによって私の両手は一括りにされベッドに縛られている。
脚には枷が嵌められて、ベッドの両端に括られている。
起き上がるのはまず無理だろう。
「素敵だね」
私の今の姿を舐めまわすように見たシェルベートはうっとりと瞳を細めた。
くそ!ストーリーは変えられないのか!?
このシェルベートの顔もゲームで見たものである。
だが、ゲームとはやはり違い画面越しではないので、とても色っぽさと体の形が分かりついつい見惚れてしまいそうになった。
そんなことを思って首をぶんぶん振っていると、シェルベートが動けない私の髪を一束掴んだ。
「僕はね、結婚するまでとーっても我慢したんだ。本当は君を誰の目にも触れさせたくないし、髪の一つでも触らせたくない」
そう言って、私の髪の匂いを嗅ぐシェルベートに、ゾクリと恐怖を感じてしまう。
「でも、もう大丈夫だよね。僕らは夫婦になって、君は僕だけのものになった。僕も君だけのものだ」
その顔やめてー!
こんなことしてる自分が切ないけど嬉しくて仕方ない顔やめてー!!怒れなくなるー!!ユキノ、貴方は血を啜られるヤンデレ吸血鬼の側に居たらだめよ。
よく思い出して、こんなのが毎日も続くのよ。
耐えられるわけない。
大丈夫、大丈夫。
今なら逃げられる。
王子はこの後すぐに、大事な要件が入るから!!
その要件は私を他国にお披露目する準備のことだが、王子が嫌がっているのだ。
そのため、小一時間は帰ってこれない。
ふふふ、よし。
大体把握した、私はしおらしくシェルベートを見上げて潤む瞳でこう言う。
「シェルベート、りんごが食べたい…」
すると、シェルベートは瞳を輝かせて私の頬を撫でた。
「僕が切ってあげようか。他の者が切ったりんごなんて、君の、ユキノの口には入れられないからね」
シェルベートは立ち上がり、すぐにりんごとナイフを持ってきた。
そしてりんごを切り終えて、一つ一つ私の口に運び満足そうな笑みをシェルベートが見せた後、扉が2度ノックされた。
きた!
私は嬉しくて顔をぐりんと扉に向ける。
入ってきたのは王子の側近で銀の髪を肩ほど伸ばし紫の瞳が魅力的であるミカエルさんだ。
「シェルベート王子、要件がございます」
お手本のような低頭をして入ってくるミカエルさんの登場に苛立ちを見せるシェルベートは紅蓮の炎のような瞳で睨みつける。
ミカエルさんはミカエルさんで、私を一瞥してシェルベートを宥めた。
「そんな咬み殺すような眼で見ないで下さい。時間になっても来られないのでお呼びしたのですよ。」
シェルベートは舌打ちを分かりやすくして、私に甘いキスを落とし、ナイフをテーブルに置いて、名残惜しく部屋を出て行った。
よっし!ナイフが近くに置かれれば、シェルベートが要件でこの部屋を出てすぐに縄を切ることができる。
そう、私はこれを狙っていたのだ。
「ごめんね、シェルベート」
私は腕の縄を切って、枷を力任せに切ると窓から飛び降りて、木を伝い城の高い塀を乗り越えた。
真っ白な塀越しの城を見上げて、逃げれる限り、走る。シェルベートは吸血鬼。
だからこそ、早く船に乗って他国へ逃げたかった。
血の匂いを辿られる前に海で洗い流す。
先手の先手を打たないと、シェルベートから逃げることは不可能だと思ったから。
王子ルートでのハッピーエンドは、秘密の地下室に連れて行かれ、そこで一生王子と過ごすこと。
逆にバッドエンドがあり、それは、殺されること。
どうやって殺されるのかは思い出せなかった。
でも、殺されるのは確かだったはず。
私たちにとっては、ハッピーエンドは「シェルベート様と一生過ごせる!」「毎日のように私だけを見て、囁いて、快楽をくれる!」そんな、とてもハッピーである。
それは、ゲームの中で画面越しだからだ。
実際は死ぬのはもちろん嫌であるし、地下室に閉じ込められるのも嫌で嫌で仕方が無い。
秘密の地下室には白く珍しい花が咲いていて、神秘的だが遠慮したい。
やっと、港へ着いた。
走って走って走って、白の服は汚れてしまっているがそんなもの知ったこっちゃない。
今は逃げるしか方法がないのだ。
シェルベート、貴方が優しい王子様のままだったら私は逃げなかったのだけど…そんか仮説を想像して、真っ直ぐに船へと乗り込んだ。
「はぁ、はぁっ…」
どえらいことをしてしまった。
王子の妻になって早々逃げ出すなんて、本来ならあってはならないこと。
だけど、私は逃げるしか出来なかった。
この現実を受け止められなかったのだ。
「楽しかったなぁ…」
小さくなって行く城を眺めながら、塩の風に黒髪が靡く。
これからのことを考えていた。
「野宿…」
やっぱり野宿かなぁー。
と溜息をついた瞬間だった。
「ねぇ、ユキノ。駄目じゃないか野宿なんてしたら」
背後から聞き慣れた声。
覚えのある手が私の首を掴んだ。
「っ、シェルベート!…」
「僕から逃げられるとでも思った?」
手に力が入ったのが分かる。
苦しくて息ができない。
「シェルベート…や、めて」
「殺してしまおうか。君が消えてしまうのなら、僕は君を殺してずっと側に居させてあげるよ」
シェルベートの冗談ではない言葉にゾクリと背中が凍った。
「シェルベートっ!…」
「どうしたの?震えて、まるで怯えてるみたいだね。何がこわいの?」
「ッつ…。っふ…うっ。」
「ははは、分かった?所詮、籠の中で暴れてるだけだったって。逃げられるものなら逃げてごらん?他のことなんか考えられないようなお仕置きをしてあげる」
シェルベートに対しての恐怖で、涙が零れる。
そんな私に反してシェルベートは艶な笑みを見せた。
泣き崩れる私をお姫様だっこで抱き上げて、空を飛ぶ。
ヤンデレ吸血鬼王子様、お怒りのようです。