狂愛夢道
□結婚したら正体がヤンデレ吸血鬼だったので、逃げようと思います。
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「貴方、達…誰なの!?」
死んでも生きてもどっちでもいいとかひっど!と思う反面、私は殴られる覚悟で聞いた。
すると、予想外に殴られることなく、鬼は私から少し離れて立ち上がる。
「そっか、自己紹介がまだだったね」
両手を縛りながら笑顔で見下ろす鬼。
いや縛る意味ですよ、解いて下さいよ。
無理か…ですよねー。
私は軋む手首を気にかけつつ、金の瞳を見据えた。
「俺の名前は楠木 蘭月。楠木家の現当主で純血の鬼だよ。」
蘭月はそう言いながら金の髪を白髪に変え、金の瞳を赤くする。
開かれた口の中には分かり易い牙が2つ覗いており、額には2本の角つのが生えていた。
赤暗い部屋の中、その光景を一身に眺めると、微かに頭が痛くなる。
「んで、俺の名前が楠木 香夜だ。顔見て分かる通り、俺たちは双子」
横から顔を出す長髪を左肩で緩く括っている香夜と名乗る鬼は自分達が双子だという真実を言った。
香夜も蘭月と同じように額に角を生やしている。
「「姫様は餌だよ」」
そう2人で声を揃えて言う双子を見て2人のピースが揃ったのだったーーー。
Vampire Loversの人気が高まり過ぎて、急遽追加された新しいキャラ。
吸血鬼のライバルキャラとして途中参加したのは西洋異世界での鬼の一族。
その当主であるこの2人だった。
外見からして目を引く金の髪と瞳は綺麗な顔に劣らず、洋風の服ばかり着ているキャラを見てきた私たち腐女子からすれば、こんなに和服がエロく似合っていて鬼の当主だなんてキャラはとっても美味しかった。
しーかーもー、それが双子だなんて美味しすぎる。
ゲームをしながら涎がダラダラと出ていたほどに。
この双子の仲はあまり良くない。
先に生まれたのが蘭月であったがために蘭月が当主の座にいるが、蘭月は当主という座に相応しくないと思っている。後に生まれて来た香夜は力が蘭月よりも勝っているにも拘らず、一生当主になれないという歯痒さを持っている。
いやぁ、いいね。
双子で仲がすこぶる良いのも私は好きだけど、この双子の地味に仲が悪い所が私は大好きだった!
それに、そんな双子が代々受け継がれてくる姫様の存在を知って、最初は血だけが目的だった蘭月は姫様の血を啜り、身体から凄い力が押し寄せてくるのを感じて、長年自分は当主に相応しくないと思っていた心が打ち砕かれて、そんな莫大な力を持っている姫様を独占しようとしたり。
香夜は姫様のことは餌としか思ってないけど、当主になれない歯痒さのせいか血を貪り、「蘭月よりも俺が良いと言え」なーんてことを言って優越感に浸っていた。
このセリフには私を始め、乙女達みんなで香夜様が1番です!!と言っていたのを覚えている。
このシーンの抱き枕が数量限定で発売されたときは何人かの血を見た。
そして、一向に村に血を渡そうとしない双子のせいで村人は主人公である姫様を襲いだす。
そんなシナリオだった。
この後が思い出せず、手毬だけ転がっているのが見えただけ。
とにかく、目の前に並んでいる鬼の姿となった2人に見覚えがあったのはゲームのPVにそっくりそのままだったからだ。
私はそのPVで2人が途中参加すると知って酷く興奮した。
恐らくその名残で印象が強かったのだろう。
全てを思い出した私はふらりと敷布団に倒れこむ。
蘭月様はいいよ?別にさ?めっっちゃ溺愛してくれるから!独占欲丸出しでさ!「姫様がいないと俺は死んでしまう」なーんて可愛らしいことを言ってくれるから!
でもね?香夜様はダメ!香夜様は暴力で主人公を好きにさせようとするの!もう、見てるのも痛いぐらいに姫様の血を浴びて「姫様の1番は俺だよなぁ」って笑う香夜様はゲームなら凄く悶えたけど、暴力されたあとに言われても無理だよ!
私はこの期をどう乗り切ろうか布団に潜り込みながら考える。
考えてたら、寝てた。
いや!ごめん!だってさ、走ったし眠いんだもの!仕方ないよ!生理的欲求は逆らえないんだよ!!
布団に丸まって眠りこける姫様に、蘭月は深いため息を吐く。
「…興醒めした」
「蘭月、泣き叫ぶ女が好きだもんなあ。俺はまだ遊ぶけど、いいよな?」
「…勝手にしろ」
吐き捨てるように言うと寝ているユキノに見向きもしないで部屋を退出してしまった。
赤い火が揺れながら部屋に影を落とし、残った香夜は無防備に寝ているユキノの柔肌に触れようと胸元のボタンを外し出す。
露わになった胸元の印象的な鎖骨に隠れる黒子ホクロを7つ見つけて驚いた。
すぐに胸元を隠しボタンもキチンと止めてどこから持ってきたのか、藤の花が青磁色に咲いている紺青色の羽織りを掛けると、思い悩む。
チラリとユキノを見ると白魚のような肌が羽織りから覗き見て、漆黒の長い真っ直ぐな髪は淫らに散らばっている。
長く濃い黒の睫毛は、黒曜石の瞳が閉じられているせいで下を向いていた。
「どうしてお前が此処にいるんだ。ユキノーー」
か細く紡がれた言葉は、先程の言葉達みたいに冷たくなく温かみがあり、震えていた。
香夜は結局、餌であるユキノに手を出すことすらせずに、あろうことか蘭月によって傷付けられた太ももを丁寧に消毒して包帯まで巻き、朝まで近くで座って眠るだけだったのだ。
色々な感情が蠢く夜はもうすぐ明けようとしていたーー。