3ヶ月の…

□5.3伸ばした手
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5.3伸ばした手

夢の中の彼は、どこか悲しそうで、今にも泣きそうだったから「大丈夫だよ」と言って唇に触れた。
わたしはどこにもいかない。きみのそばにいる。だって、それこそがわたしの…。

「…………」
夕べ、ようやく帰って来たはずの温もりは、朝にはなくなっていた。飛び起きてログハウス中を探して浴室も確認しようと脱衣所を開けた時に、やっと見つけた。
「きゃっ!」
「明日奈っ!?」
勢いをつけたまま飛び込んだために、そのままズボンを履いただけの彼に受け止められてしまう。
「だ、大丈夫か?」
「…ぅ」
「明日奈?」
しっとり濡れた肌から聞こえる心音。彼がここに居ると実感でき、そのまま聞いていたい。けれど、状況が状況だけに、右手に拳を作り、再度彼を怒鳴りつけることになった。
「だから鍵はかけてよ!」
「ごめんなさい!」

真っ赤に腫れあがった左頬を冷やすという、初期の頃によく見られた光景。それだけで安心する自分がいるからおかしなものだ。
でも明らかに違うことがある。心の奥底にいつの間にか芽吹いていた感情。それに気づいてしまった。
「…………」
目の前にいる存在に一喜一憂する自分が嫌だった。友人からからかわれ、クラスでも自分に対する認識が変わったように思う。それもすべて彼のせいだ。理由も分からず八つ当たりしていた。だというのに、自分でも気づかなかった思いに気づいてからは、すとんと納得できた。
「ん? どうした?」
「な、何でもない…」
朝食を慌ただしく終え、今までと同じように一緒に家を出る。登校中、着かず離れずの距離を保っていたが、ふと彼の手が気になった。
「…………」
「明日奈…?」
「な、なによ…」
「いや…、何もいきなりいなくなったりしないからと思って…」
「だから君のその手の言葉は信じないって言ったでしょ!」
「…はい」
誰が何と言おうとこれくらいは許してほしい。彼の中指と薬指を捕まえるくらいは。今は、これだけで満たされるのだから。
「…歩きにくいんですが」
「文句言わないの!」
「ごめんなさい…」
だから、もう…いなくなったりしないで――。
2015.12.19

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