もしもSAO内で幼馴染と再会したら(仮)

□絆
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初めて人を殺したのはいつだろう。嘗て所属していたギルドが壊滅した時だろうか。あの時の傷は未だ癒えない。大切な幼馴染にも話していないその傷は、いつか、いつかはきっと少しずつ塞がっていくものと信じていた。けれど、塞がってはいけなかったんだ。そう願ってはいけなかった。あれは、なかったことには出来ないのだから。そして、その傷をまた深くする出来事が起こった。
人に刃を向ける事は、この世界ではMobを屠るときと何も変わらなかった。その身体も、現実とは違い、消滅エフェクトで消えていくだけ。残像すら残らない。その人が生きた証を、この世界に一切残さないのだ。
そんな世界で人を殺す意味はあるのか。相手に問うたところで、相容れないのだと理解はしている。でも思わずにはおれない、何故人を殺めるのか。これを現実として捉えることは出来ないのかと。
それに唯一答えてくれそうな幼馴染の少女にぶつけたとしても、明確な答えは返ってこないだろう。それよりも今は、自分を追ってくる更なる“罪”から逃れたかった。
守ると誓ったんだ、彼女を。死なせたくなかった。そのためには仕方がなかったんだ。でも、追ってくる“罪”は一生消えてくれない。この先もずっと追いかけてくるだろう。忘れるな、忘れるな、と。己が罪を、決して忘れるな、と。
月の見えない仮想世界で人を殺した夜、少年は己の罪から目を逸らし、ただ純粋に少女に“赦し”を求めた。

人の命とはなんだろう。この世界がデスゲームであることの意味は何だろう。
その答えを、誰も教えてくれない――。

≪笑う棺桶≫掃討戦

デスゲームと化したSAO内で、いま攻略以上に危惧すべきことがあった。プレイヤーによる殺人、PKである。圏外でのPKもあればシステムを逆手に取ったものまで多岐にわたり、ゲーム内での死が現実となるこの世界で本来ならば、あってはならない事にもかかわらず、殺人を犯した者、つまりは≪レッドプレイヤー≫に落ちる者は少なくなかった。仲間を守るため、自身を守るために仕方なく手を汚してしまうのではなく、自発的に≪合法殺人が認められた世界≫として自ら手を汚す者達への対処が急務となっていた。
手練れが集まる攻略組の中でも精鋭を集め、この度、殺人ギルド≪笑う棺桶≫の掃討作戦が叫ばれた。目下の狙いは捕縛でありメンバーの処刑ではない。この一点だけは厳守されることになった。
「ヒースクリフは出てこないのか」
「うん…。あの人、攻略に関係ない事は本当にノータッチなのよね。何を考えてるのか」
「前までの副団長様も同じこと考えただろう?」
「もう、意地悪!」
キリトと和解してからというもの、時間があれば二人話すようになった。掃討戦の打ち合わせを終え、待っていたキリトの元へ向かう副団長の背は正に恋する乙女だったと団員たちは証言する。今も部屋の片隅で話す二人を遠巻きに観察する面々。そんな視線をもろともせず話に花を咲かせていた。とはいえ、内容は専ら今回の掃討戦についてだが。
「上手くPoHを捕えられたら良いんだけどな…」
「そうね…」
最大の目的は≪笑う棺桶≫のリーダーであるPoHを捕えること。カリスマ性に富んだPoHを捕まえれば、上手くいけばそれだけでギルドを壊滅に追い込める。今回の作戦指揮を執る聖竜連合の人間も“捕縛する”これに重きを置いていた。しかしキリトの中で何か違和感を感じた。今まで凄腕の情報屋であるアルゴですらつかめなかったギルドのアジト。それを今回突き止めたとして討伐隊が結成されたのだが、嫌な予感しかしない。難しい顔をしているキリトに、アスナも何か言いたそうにしていた。
「どうした?」
「ううん。私じゃなくてキリト君じゃない? 何か気になることでも?」
「…いや、何でもない。大丈夫だ」
アスナの頭にポンと手を置き、心配ないとこぼす。それだけでアスナの不安も払拭される。「でも…」と頭を撫でている手を取り、胸の前で包む。
「無理はしないでね?」
「…………」
一度は死のうとまで考えたキリトだ。そんな前科がある人間にいくら「大丈夫」と言われても信頼は薄い。しかもキリトと言う人間は一人で何でも抱えてしまう。何かあるなら言ってほしい。ギルドとの兼ね合いはあるが、自分もキリトのために何かしたい。その思いで言った言葉だった。
長年一緒に居ただけあってキリトの性格を見抜いている。そんな幼馴染に苦笑し、再度「大丈夫」と告げた。そして「アスナもな」と笑った。
しかし、その予感は的を射て、アスナに見せていた笑顔を、キリトは一時忘れることになる。

アジトと報告に会った場所に赴くと≪笑う棺桶≫の待ち伏せを受けた。やはり情報は、わざとばら撒かれたもので、まんまと向こうの罠にかかったことになる。忽ち瓦解する討伐隊。レベルも討伐隊と同等の者もいて乱戦の様を呈し、直に追い込まれていった。捕まえようとするものと殺そうとするもの。その意識の差が決定的な差となって討伐隊を襲う。
「くそっ!」
剣を振るいながら悪態をつく。なんてことだ。もはや捕縛などと言う温いことを言っていられない。既に精鋭ばかりを集めた討伐隊の中に何人か犠牲者が出ている。その場で覚悟を決めなければならない状況だった。
「っ!?」
乱戦の中、視界に入る栗色の髪。その背後から振り下ろされようとする刃が見えたが、狙われた少女は目の前の敵で精一杯で対処が出来ない。
「アスナ!」
自分が相手にしていた敵を蹴り飛ばし少女の元へ駆けつけ、一撃で斬り倒す。消滅エフェクトが消え、一瞬の静寂の後、キリトが斬ったことで何かが吹っ切れた討伐隊は、それから一気に押し返した。リーダーであるPoHを捕えることは出来なかったものの、何人かのメンバーを捕えることに成功した。
放心状態の討伐隊を指揮したのはアスナだった。本来の指揮官である聖竜連合の人間は予想外の乱戦で精根尽きた顔をしている。捕えたメンバーを黒鉄宮送りとし、被害報告等をかき集める。その間、≪レッド≫を殺した面々は一か所に集められ、精神状態の確認がなされていた。特に一番最初に斬ったキリトは知古の仲であるクラインとエギルが付く。幾つかの声掛けにやっとの思いで答える様は痛々しい。
やはりというかキリトの精神的ショックは少なくなく、討伐隊の中でも複数人を切ったのはキリトだけ。他に手をかけた面々からも心配される有り様だった。攻略組でも最年少と思われる少年には荷が重すぎたのだ。
「エギルさん」
指示を出し終えたアスナが駆けつける。クラインとエギルの声掛けに何とか答えていたキリトだったが、アスナの声を聞いた途端、その場に崩れ落ちた。
「キリト君!」
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