3ヶ月の…

□1目の前に
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運命の出会いなど信じたことがなかった。
そんなものは夢物語で、実際に自分の身に起こること等ないと諦めていた。
けれど、今なら言える。あの時、出会ったことに意味はあったのだと。
最初の出会いこそ最悪なものだったが、それがあったからこそ今の二人でいられるのだから。
決して交錯するはずがないと思っていた二人の路は、こうして始まった――。

二人の出会い

温かくて気持ち良くて、ふわふわした感じ。
ここ最近、感じたことのない温もりがあった。ずっとここにいたい。そう思わせるもの。ほんの少しの隙間を嫌い、明日奈は縋る様にギュッと引き寄せた。「ん…」と聞こえた声も心地良い。
…ん?
そこでようやく違和感を感じた。頭が急速に覚醒してくる。
ちょっと待って。誰に言うでもなく混乱している自分に言い聞かせた。自分の現状は今どうなっているのか。あってはならないものがすぐ傍にあるのは分かった。自分が抱き着いているもの。そして同時に“それ”に抱き着かれているのも理解した。前髪にかかる息がくすぐったく思考を中断しそうになる。けれど、どうしても明日奈は確認しなければならなかった。恐る恐る抱き着いているものを確認する。
「…へ?」
まず視界に入ったのは黒。それが服だと分かると徐々に視線を上げる。黒い髪がきれいだなとか、色白いな、とかいろいろ思うことはあれど、何より一番驚いたのは、それが人だったということか。
…だれ?
目の前にいたのは、知らない男の子でした。
「きゃああああああ!!」
「ふぐっ!」
自分でも驚くほどの力で相手を殴り飛ばし、勢いままに、朝食を摂っているであろう両親の元へと走ろうとした。しかし明日奈は自分が置かれた状況がより複雑なものだと知った。
「え…、何、ここ…」
部屋を出たは良いが、どう見ても見覚えがない場所だった。木がふんだんに使われたログハウスの中を右往左往する。昨日は確かに自室で寝たはず。実は気を失う事態に襲われたとか? それで自分に都合の良い記憶を作り上げた? 嫌な予感しかしない。もし仮に嫌な予感が当たっていたとしたら、さっきまで一緒に寝ていた人物が一番疑わしい。これは一刻も早く外に出なければと出口を探した。
「へ…?」
もう何に驚いたらいいのか分からないほど、驚きの連続だった。脱出口は呆気なく見つかり、ログハウスから脱出できたと思ったら、そこは自宅の庭先だった。
いつの間にこんなものを建てたのか、なぜあそこで寝かされていたのか、そもそも何がどうなっているのか。全てを知っているであろう両親の元へ走った。

「母さん、どういう事!?」
いつもなら心強いはずの玄関の鍵をもどかしく思いながら戸を叩き、何故外に? と、鍵を開けてくれた家政婦の佐田に答えることなく、朝食を終えた両親に詰め寄る。そんな今までにないほど焦っている娘に対し、タブレットから目線を外さず淡々としている母。父は父で知った顔でニコニコしている。
「落ち着きなさい、明日奈。まずは挨拶が先でしょう?」
「あ、おはよう…、じゃなくて!」
「まあまあ、落ち着きなさい」
「父さん! 何でこの状況で落ち着いていられるの!? そっちの方がおかしいわよ! もう何がどうなって…、っ!」
「おはようございます…」
声がしたドア付近には、さっき明日奈が殴り飛ばした人物が立っていた。固まる彼女をよそに声をかける父、彰三。
「おはよう、桐ケ谷君。よく眠れたかね?」
「…ええ、まあ。寝起きは、最っ悪でしたが」
「これは失礼した」
うっすら腫れた左頬をさすりながら、桐ケ谷と呼ばれた青年はじと目で彰三を見る。対して彰三は表情を崩さずニコニコしていた。
「何でこの状況で落ち着いていられるの? っていうか、この人誰よ!」
完全にパニック状態の明日奈に京子は「落ち着け」と繰り返すばかり。そんな娘に声をかけたのは彰三だった。
「明日奈、こちらは桐ヶ谷和人君だ」
そう紹介されて青年は明日奈に会釈する。しかし明日奈の警戒は取れない。母の後ろに隠れて様子を窺うも、続く父の言葉は彼女の理解を越えた。
「今日から一緒に暮らす、お前の新しい婚約者だよ」
「…え?」
一緒に暮らす? 新しい婚約者? 何?
分かりたくない言葉が並んで考えることを拒否しそうになる。青年も顔を引きつらせながら彰三に詰め寄った。
「社長、本気ですか?」
「本気も本気だ。私は冗談はあまり言わない性質でね」
ニコニコと実に楽しそうに話を進めるが、明日奈は納得できていない。
「どういう事よ、父さん! 何でいきなり…」
「じゃあ明日奈は須郷君のままでも良かったのかい? 明日奈はあまり乗り気ではないようだったから断ったんだが。歳も近い方が良いと思ってね。正直、父さんはどちらかと訊かれれば須郷君も捨てがた…」
「いいえ、却下よ。ありえない。あんな人の話はもう止めて」
「なら桐ケ谷君で良いね?」
「だからどうしてそうなるの?」
「まあまあ、どちらにせよしばらく一緒に暮らすんだ。仲良くな?」
出来る訳がない。瞬時にそう思った。
この態度からしてログハウスへ彼女たちを移したのは間違いなく明日奈の両親だろう。しかも青年の方も与り知らない様子で彰三の「荷物も運んでおいたよ」という言葉に驚いている。
「え、じゃあ俺のアパート…」
「勿論、部屋は解約してある。君のご家族から了解も得ているよ」
「マジか…」
詰んだとばかりに、とうとう膝をついて愕然としているが、明日奈も似たような状況だったため、彼に気を使う余裕はなかった。ついでに明日奈の分も運び終えていることも伝えられ、嘗てない強硬策に出た実の両親に怒りがわくのは仕方がないだろう。
「とりあえず食べなさい」
そう言われても明日奈は素直に席に着けなかった。が、彼の方は渋々でも席に着く。明日奈が座るはずだった隣の席に。
「明日奈も食べないと遅刻しますよ」
「でもっ!」
納得していない娘に視線を合わせることなく、京子は端末を見ているだけだった。
「そうだ、桐ケ谷君。言い忘れていたが、君の学校は明日奈と同じだから後で訊くと良い」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。更なる追い打ちをかけてきた彰三に食って掛かったのは、明日奈ではなく青年の方。座っていた席を立ち、彰三に訴える。
「社長、ちょっと待ってください。俺は…」
「君が言いたいことは分かっているが、私はもう一度、学生をやっても良いと思ってね。余計な世話だろうが、今度はゆっくり学生生活を楽しんでほしい。彼も是非にと言っていた」
「あの人が…」
何が何なのか一人理解できていない明日奈を放って、両親はさっさと出かけて行った。取り残され、ひとまず用意された朝食を青年から離れた席まで持って行き、席に着いた。どこか虚ろ気な青年も席に着いていた。
いつもと変わらないはずの静かな朝食時。けれど同じ空間にいる黒い塊の青年に違和感を感じずにはいられない。佐田にもらったアイシングを腫れた頬に充てながらモグモグ食べている様は幼く見え、明日奈の加護欲を刺激するが、絶対に心を許してなるものか、という固い決意の基、始終青年を睨みながらの朝食となった。
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