3ヶ月の…

□2はじめての
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洗濯事情

「うにゅ…」
いつも通りの朝。だけど違うのは自分の居場所。見慣れた白い天井ではなく木の木目が美しい天井だった。
「そうだった…」
親に半軟禁状態にされたのだと思い出す。嫌々だったが、唯一の救いが一緒に軟禁された相手が、まだ常識ある人間だったことだろう。以前の婚約者だったら何をするか分からない。考えただけでも恐ろしいことになる。
明日奈はベッドの上で身震いすると、嫌な考えを流す為、日課にしているシャワーに向かった。
寝室を出るとリビングに続いている。そこで寝ているはずの同居人のすがたはなかった。寝袋は既に片づけられており、部屋の片隅に置かれている。トイレだろうと適当に思いながら浴室に通じている脱衣所の戸を開けた。
「…………」
「…え?」
扉を開けたら上半身裸の人がいました。
「いやああああっ!!」
「ちょっ、待った!!」

「…………」
「あの…」
「何」
「い、いえ…」
昨日に引き続き、左頬を冷やしながら朝食を食べる同居人を思いっきり正面から睨む明日奈。けれど、心中は後悔の嵐だった。
異性の半裸に動転し殴ってしまった。しかもその後、脱衣所からも追い出した。冷静になったところで自分が悪かったと謝ろうと思ったのだが、気恥ずかしさから未だに謝れていない。時間が経つにつれ、謝るタイミングはどんどん遠ざかる。この際、この人のせいで良いとさえ思えてきた。
そんな明日奈の考えなど知らず、同居人はひたすら謝っていた。
「ごめん、考え事してて、鍵…閉め忘れてた」
同居人は毎朝、体力作りを兼ねてジョギングをしているようで、帰宅後にシャワーを浴びるのを日課にしていた。今まで一人暮らしだったものだから、つい癖で鍵をかけ忘れ明日奈が入って来てしまう事態になったという。
「今度から気をつけます…」
「分かればいいのよ…」
しゅんと落ち込んでいる様子に心が痛まない訳でもないが、気まずい雰囲気を変えるため、「ところで」と話を切り替える。
「君の事、なんて呼んだらいいかしら。言っておきますけど、しばらく一緒に住むのなら、って思っただけですからね!?」
「親しいやつからは“キリト”って呼ばれてるけど…」
「じゃあ私もそう呼ばせてもらうわ」
別に親しい中ではないが、変わった名前なので気にせずそう提案したが、同居人は拒否した。
「いや、駄目だ! 普通に“和人”でお願いします!」
「何でよ…。まあいいわ。私は“明日奈”で良いわよ。よろしくね、“和人君”」
「っ…。え、いや、それも…」
「じゃあキリト君にするわよ?」
「…和人、じゃダメなんですか?」
「…私、そう言うの苦手なのよね。同性の子なら平気なんだけど。しかも昨日知り合ったばかりでしょ?」
「わ、わかった…」
最初に“和人君”と呼んだ時の表情が、一瞬こわばったことには気づいていた。その呼び名がダメな理由があるのだろうかと思いもしたが、考えてみれば昨日出会ったたばかりの相手。お互い、親しい間柄とは言えない。結局、妥協してもらう形になった。本当に嫌だったら断固拒否するだろうと思っていたので、了承したのならそこまででもないのだろうと、気にしないことにした。少しイラッとしたのは気のせいだ。
そんな事より明日奈にはもっと気になることがあった。
「君、洗濯した?」
「へ?」
呼び名問題が解決したと思ったら今度は洗濯。
朝の掃除の時に気づいたことだが、彼の分がどこにも見当たらないのだ。明日奈の分は昨日のうちに寝室の一角に干してある。勿論、目隠し付きだ。
明日奈が掃除した範囲で見当たらなかったと言う事は、まだ洗濯していない可能性が高いわけで。時計を確認して明日奈は話を続けた。
「朝、洗濯する人?」
それにしてはのんびりしている。今日は諦めて帰ってからだろうか。そんな事を考えていると「いや、仕事が忙しくてまとめ洗いする癖が…」と聞こえた。
「…何ですって?」
まとめ洗い。一人暮らしだった頃は仕方がないとはいえ、この家で同居する自分がいるのにまとめ洗いする気か。いつ洗われるのか分からないものが自分も住む家に存在する。綺麗好きな彼女に、そんな事は許されるはずがなかった。
明日奈の変化にまだ気づかない不届きな同居人は言い訳を続ける。
「そんなに量は出ないから、毎日だと水が勿体ないだろ?」
家計を預かることになってから一から全て調べて計算した身としては、彼の言っていることも分かる。一回の水の量と金額。だからと言って確認せずにはいられない事はある。
「なら君は、いつもどれくらいの頻度で洗ってるの?」
ごく自然な笑みを作ったつもりだった。が、同居人は目を逸らす。それが答えだと悟り、バンッと思いっきり机を叩いて厳命を下す。この体たらくに。
「今すぐ洗うものを持っていらっしゃい!!」
「は、はい!」
「ひえええ!」と急いで目的のものがまとめられているのであろう場所に走っていった。
これは徹底的に躾けなければ。
食後の紅茶を飲みながら、明日奈はそう決心した。
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