3ヶ月の…

□2.5お弁当クライシス
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お弁当クライシス

深く考えなかった二人が招いた結果だったのかもしれない。
「じゃあ、和人君のはそっちだから」
昨日買ったばかりの真新しいお弁当箱を持って登校した二人。これで少しは節約になる、と考える明日奈と、昼もうまい飯にありつける、と考える和人。だから全く気にしなかった。明日奈が作る料理のレベルと“二人が同じお弁当を持っている”という世の中の認識に。

昼休みになり、仲良くなった友人達が和人に声をかける。
「桐ケ谷、飯に行こうぜ」
「ああ」
するとデイバッグの中から紺色のランチバッグを取り出す。いつも学食だったことを知っているだけに、今日は弁当なのかと興味津々。
「お前、今日弁当?」
「ああ。そうだけど」
「誰作? まさかお前、自前?」
「…作れなくはないけど、今日は違う」
はっきりと答えずさっさと食堂に行くよう促した。生徒が多いだけあって食堂も広いが天気の悪い日などは直に席が埋まる。そうなったら弁当の自分はどうあれ、友人達が憐れだ。未だ和人のランチバッグを見ている育ち盛りの友人達は「美味そうなのあったら後で分けてくれ」とハイエナのように言ってくる。
「やだ」
「んな、ケチくさい事言うなよ〜」
誰がやるものか。こいつらに一口でも取られたら弁当すべてを取られかねないと分かっているだけに、何としても死守せねばと決意していた。それほどまでに明日奈の料理は和人の胃袋をがっちり掴んでいた。和人本人は全く分かっていなかったが。
食堂で席を確保した面々はそれぞれの本日の昼食をつつく。しかし、意識は和人の弁当にあった。
「…お前ら、ちらちら見てんじゃねーよ」
「なら隠すな!」
「そうだ! お前、顔は良いんだからきっとお前の母ちゃんも美人に違いない!」
「…悪かったな、女顔で」
それとこれとは全く関係ない気もするが、“美人”が作った弁当はさぞ青春真っただ中の男子生徒には貴重らしい。
「あー…、料理上手と言えば結城さんはすごいらしいよな」
「あー。われらのマドンナな」
「前、調理実習で同じ班のやつが、結城さんが担当した料理、めちゃくちゃ絶賛しててな。あれは遠目に見ても美味そうだった…」
「美人で成績も優秀でスポーツ万能。おまけに家庭的って完璧じゃね?」
「へえ。彼女、モテるんだ」
「お前、結城さんの何を見てそう言うんだ。モテない訳ないじゃないか! 大企業の社長令嬢だとしても、それを鼻に掛けずに庶民の俺たちとも対等に接してくれるんだぞ!?」
「…いや、まあ…。そうだな」
かなり力説しているからして、きっと彼女のファンなんだろうことは想像に難くない。もし、彼らに彼女と同棲して尚且つ婚約者だと知られたら命はない。そう密かに身の危険を感じている和人だった。
「っていう事で、お前の弁当見せろ!」
「な!?」
「おー」
油断して弁当に対するガードが緩くなった隙に、向かいの席に座っていたやつが弁当を強奪。すぐさま検分にかかった。

「あら、明日奈。今日は早速お弁当?」
「うん。昨日買いに行ったんだよ」
こちらも学食で昼食をつつく明日奈たち三人。向かいの席に座る里香が、赤いランチバッグから出てきた弁当を指さす。
「明日奈さんのお弁当、気になります!」
里香の隣に座っていた珪子が身を乗り出して弁当を覗く。
今日のメニューはオムライス。ケチャップでお絵かきはされていなかったが、薄皮卵の中心は星形に抜かれ、中にケチャップライスが見える。周りにはピックで止められたミニトマトやアスパラ、たこさんウィンナー等。
「これは何ですか?」
「肉団子にレンコン入れてるの。食べていいよ」
「ありがとうございます!」
「あんた、もしかしてこれ…」
「うん? 彼も同じだよ? でもそれだけだと足りないだろうから、バケットにハムとポテト入れたサンドイッチも付けたの」
「こっちはスープですか?」
「ないとのど詰まっちゃうでしょ?」
「今日はコンソメにしたの」と、事も無げに言っているが、初めてにしては上出来ではないだろうか。「久しぶりにバケットも焼いたの」なんて言ってる。これは、趣味…で良いのだろうか。楽しそうに珪子と話す明日奈を引いて見る里香の後ろを明日奈のクラスメートが通った。
「あれ、明日奈ちゃん。今日、お弁当なんだ」
「うん。余ったから食べていいよ」
「ありがとう!」
おやつに持っていたクッキーも開けて、女子数人で分ける。
「明日奈ちゃんのお弁当可愛いね。クッキーも美味しいし。これからずっとお弁当?」
「そのつもり。しっかり節約しないと」
「え…?」
仮にも社長令嬢ではなかっただろうか。その彼女から“節約”という単語が出てくるとはどういう事なのか。もしかして、父親の会社が上手くいっていないとか? そんな憶測を生む発言だ。
「明日奈、勘違いを生むから止めなさい」
「ご、ごめん、里香。でも本当によく食べるんだよ? あの人」
「あの人?」
明日奈の言う“あの人”とは誰なのか、気になるがそれより先に、少し離れたテーブルの男子生徒達が騒ぎ出した。
「お前ら、俺の昼飯返せ!」
「良いじゃねーか、お前にはそっちのサンドイッチがあるんだから!」
「そうだ、そうだ! 型抜きのオムライスなんて羨ましいぞ、こんちくしょう!」
「あ! お前、それも俺のだ!」
和人が弁当奪還に集中している間に、一緒に入っていたスープポットが奪われる。
「お! これコンソメスープだ。いいじゃんか。お前、味噌汁派なんだろ? だったら俺が有難く食べといてやるよ」
「それとこれとは違う!」
「さっき朝はやっぱり味噌汁だよなって言ってたじゃん!」
「それは!」
どうやら休憩時間中に本日の昼食メニューから毎朝の朝食に話が行き、朝食毎日食べる派と食べない派、食べれない派と別れた。そこから朝食メニューに発展していたらしい。しかし、今そんな事はどうでも良くて、和人はこの食堂にいると思われる明日奈の耳に入るんじゃないかと危惧していた。
案の定、何やら殺気めいたものを感じる。
未だ騒ぐ友人達の声より響く音が和人の近くで発せられた。
「…へー。君、和食派だったんだ」
がたっと席を立った明日奈。思ったより近くにいた彼女を恐る恐る振り返る。
「あ、明日奈?」
何事だ? と静かに見守る周囲。騒いでいた友人達も固唾をのんで大人しく傍観することにした。というか、割って入れる空気ではないことにさすがに気づく。
ゆらりと、しかしニッコリと和人に微笑む明日奈は恐怖以外の何物でもない。青筋を立てる和人に優しく語りかけた。
「今までイヤイヤ食べてたってことよね、私の料理。毎朝遅刻しないように早く起きて準備して」
「う、うん…。それは感謝してます」
「君が着替えて来たら直に温かいの食べられるようタイミング図ってるの知ってた?」
「知ってます、勿論!」
「時間のかかるものは前の日から準備してるんだよ?」
「知ってるって! 朝のパンだってわざわざ作ってるの、知ってるから!」
徐々に距離を縮めて行って和人の正面に立つ。実際には身長差があるため見上げる形になるが、和人からすれば精神的には見下ろされている気分だ。
「私、イヤイヤ食べられるの嫌なの。ダメなものは正直にダメって言ってほしいの」
「いや、だからそれは…」
「ごめんね、気づかなくて。明日から君が食事作ってね」
「え、ちょっと待て!」
「あと、今日のお買い物、よろしく」
「明日奈!」
手早く荷物をまとめると里香たちに「ごめんね」と困った顔で詫びて足早に食堂を後にした。急いで追いかける和人を見送り、友人たちは残された和人の弁当を見て、「マジ?」という顔をする。
「え、さっきの会話、何?」
「あの様子からすると二人付き合ってるとか?」
「転校してきたばかりだろ?」
「どういう事、里香!」
「あー…、やっぱりあたしに来るのね…」
教えて! の大合唱に根負けして「友人よ」と言うが、そんなので納得できる訳がない。とうとう「あいつは明日奈の大事な人」ということに落ち着いた。
その後、食堂には「きゃー!!」とか「うおー!!」とか謎の雄叫びが木霊していたらしい。

「明日奈!」
「何」
すたすたよどみなく歩く明日奈にようやく追いついた。腕を掴んで引き留めるも目は座ったまま。このままではまずいことは分かる。なので、人目に付きにくい屋上まで引っ張っていった。
「さっきは悪かった」
「…………」
「イヤイヤ食べてた訳ではなくて…、その…」
「何よ。はっきり言いなさいよ」
「明日奈の料理は美味いから言わなかっただけで…」
「それで…?」
「…作ってもらってる身としては、明日奈が作りたいものを作れば良いと思うわけで」
「それって迷惑ってことよね? 自分が食べたいものは自分で作るってことよね」
「そうじゃなくて! 楽しそうに作ってるのを邪魔したくなかったんだ。君が料理してる姿、好きだから…」
「っ!?」
事も無げに“好きだから”と言った和人。思っても見ない言葉を言われ、別に異性から初めて言われたわけでもないのに、それは明日奈の中に響いていた。それから続く和人の言葉は、詰まりながらでも一生懸命伝えようとしている姿勢がうかがえた。その様子から明日奈も肩の力を抜いて笑った。
「もういいわよ」
「へ?」
「もう良いって言ってるの! さっさと食べてしまいましょう。午後が始まっちゃうから」
屋上に置かれたベンチに座り、持っていた弁当を広げる。そこで「あ!」と、食堂に置いて来た事を思い出した和人。明日奈は仕方ないとばかりに自分の分を取り分けた。
「はい」
「え、でも…、それじゃあ明日奈の分が…」
「良いの。元々友達と分けようと思って余った分を詰めてきてたから。私のも十分あるでしょ」
箸とスプーンとフォーク、一組しかないがそこは臨機応変に。
「箸って便利だよな。日本人で良かった」としみじみ言う和人と、「そんな事より早く食べなきゃ」と言ってスプーンとフォークで食べる明日奈。食堂で起こしたクライシスをすっかり忘れ、仲良く弁当を分ける二人だが、教室では早く事の真相を問い質そうと、今か今かとクラスメートが待っていることなどは、まだ知らない。
そんな二人が揃って教室に戻るのは、午後の授業が始まる直前の事。
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