3ヶ月の…

□2.5.5KOB
1ページ/2ページ

2.5.5KOB

お弁当事件から数日経った放課後。下校時に二人揃って買い物して帰ってきた時の事だ。もう少しで家に着くというところでピタリと和人の足が止まる。
「どうしたの、和人君?」
「…いや、ちょっと」
何かを警戒しているような視線を辺りに向けるも特にこれと言って変化はない。いつもの帰り道だ。
「…なあ、明日奈。今まで、誰かにつけられてる様な事ってあったか?」
「え…、ないけど。何、何かいるの?」
買い物袋を持っている和人の袖を掴んで辺りを見渡す。その様子から今までそんな経験はないのか、気づかなかったのか。どちらにしろ、今彼女を怖がらせるのは得策ではないと判断し、「気のせいだったみたいだ」と笑った。
「もう! 変な事言わないでよ!」
「悪い、悪い」
さっさと家に入ってしまおうと結城の門前まで走った明日奈だが、和人は続く様子がない。さっきと変わらずボーっと突っ立ったままだ。
「家に入らないの?」
「…先に入っててくれ」
「何よ」
「買い忘れた物があった」
「え!? 今頃?」
「悪い!」
そう言って、明日奈に買い物袋を渡すと引き返していった。
「もう、早く帰ってこないと先にご飯にしちゃうからね!」
和人が明日奈と別れ、どこかに走って行った直後、結城家から角を一つ曲がったところで、今まで二人を窺っていた影が突如慌てだす。
「ターゲットを見失いました!」
「何だと!? くそ、気づかれたか。敵はなかなか手ごわい」
「転校生のくせに」
「何やってんだ? お前ら」
「うぉ!? 桐ヶ谷!」
「俺たちの後ろを取るとはなかなかだな!」
「ちわっす、桐ケ谷先輩」
「…とりあえず、通報して良いか?」
反対方向へ走って行ったはずなのに、いつの間にか後ろにいる。それに気づかない彼らも彼らだが、ぐるりと結城家一周した和人は難なく彼らの後ろを取ることに成功した。
ではなく、如何にも怪しい行動をしている連中がいる。この家に帰る様になって暫くして気づいた気配。今まで産業スパイだとか和人を蹴落とそうと狙っている奴らとの遭遇が多かった身としては、誰かに監視されている環境というのはいただけない。
狙いが自分でないかもしれないが、警戒するに越したことはない。幸い、今回の監視者は級友たちで、ターゲットも明日奈ではなく自分だった。それで何をやっているのか問うてみることにした。これで危害を加えるようなバカではないだろうと踏んで。
知らない顔も複数人いる。携帯端末片手に“通報”という言葉を発してみると、がんじがらめにされ、どこかに連行された。

「…で、何やってたんだ?」
連れて行かれたのは近くの某チェーン店。コーヒーとドーナツが置かれ、口止め料なんだろうことは察する。席に着いたのは八人掛けのソファー席。和人を連行した面々のほかに、後から合流してきた者達も居て、自然と隅に追いやられた。
それぞれが注文したドーナツに手をつけることなく、互いにアイコンタクトを取っているようで、彼らの一喜一憂の表情は、自分の知らない世界があるのだと悟った。
コホンと一つ咳払いした今回の責任者たる和人の友人が、正面に座る和人の質問に答える。
「確かに我々の行動は傍から見れば怪しいだろうが、その質問に答える前に桐ケ谷。我々の質問に答えてもらう」
ものすごく嫌な予感しかしない。帰っていいかと言えない状況も手伝い、頷くしかなった。
「お前と結城さんは、どういう関係なんだ」
やっぱりそれか。
結城家の周辺で先回りして見張っていたことから、明日奈絡みだろうことは察しがついていた。そして先日、和人に明日奈を崇め称える台詞を言って聞かせた友人が混ざっていることから、そう来るとは思っていた。
学食でのクライシスをきちんと回収しなかったツケが、今来ているのだろう。
教室に戻った後、何事もなかったかのように放課後を迎え、そのまま脱兎の如く帰ったのだから仕方がない。帰り際に、明日奈は友人に「巻き込まれたのだから奢れ」とケーキセットを奢らされたと言っていた。
果たして彼女の友人が何と言ってあの場を収めたのか、自分は明日奈のどういう立場になったのか把握したかったのだが、詳しく訊いたはずの明日奈は何故か教えてくれない。顔を真っ赤にして「君には関係ないでしょ!」の一点張りだったのだ。
この際、こいつらに訊いたほうが早いかも、なんて思ってくる。
「えっと、ちなみにあの時、彼女の友人はなんて言ってたんだ?」
「篠崎さんか? 篠崎さんはお前の事を彼女の大事な人”と言っていた」
「うおー!」という絶叫と共に和人を囲う周囲から「嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ!!」と叫びが大音響となって和人を襲う。
「えっと…」
「冗談ですよね!? でないと、俺たちの今までの活動はどうなるんすか!? こんなぽっと出の奴に目の前で掻っ攫われるんすか!?」
「活動って…?」
よくぞ聞いてくれたとばかりにその場に立ち上がる彼ら。すると彼らは事もあろうに公共の場で堂々叫んだ。
「“きっと(K)僕らの思い(O)は届く!でもその時はバトルロワイヤル(B)”略してKOB!」
「人呼んで、結城さん親衛隊だ!」
「非公認だけどな!」
「…帰って良いか?」
周りからの視線が痛い。ああ、痛い。何故か一人座っている自分にその視線すべてが飛んでくるのだから痛いに決まっている。自分は無関係だ。全てを無視して帰ってしまいたかった。
そして彼らは徐に席に着くと、滾々と何故自分たちが親衛隊を結成したのか語りだした。
「結城さんはお嬢様だから、いつ何時狙われるか分からないだろう?」「他校にも結城さんの美しさは知れ渡ってるんだ」「前なんか無謀にも結城さんに告白しやがったやつがいてな」「その時は即答で断られてたが、俺たちは後でそいつに“厳重注意”したんだ」「あの時の結城さんは美しかった」「一切の感情を表に出さず一刀両断で“お断りします”って」「なのに友人と話しているときの彼女はとても楽しそうでな、あの笑顔を見たいがために俺たちは影から見守っているんだ」
「そんな結城さんが、最近別の表情を見せるようになった」
「そうだ、そうだ」と周りの生徒も後に続く。
「女子にしか心を開かなかった結城さんが、男子にも笑顔を見せるときが増えたんだ」
「…それは良かったな」
あくまで自分は無関係だという姿勢を貫こうとしている和人に、ずずずいっと顔を寄せる友人。
「ということで、桐ケ谷。どういう事か説明してもらおうか」
「それとこれと何の関係があるんだ」
「お前、結城さんがお前と一緒にいるとき楽しそうなの、知ってるだろ?」
「は?」
楽しそうにしていただろうか。思い出されるのは、出会ってから数日しか経っていないがどれも“怒った顔”ばかり。初日と二日目なぞ殴られたのだ。それで“楽しそうだろ?”なんて言われても実感がわくはずない。料理を作っている後姿は楽しそうだが。
お前ら、何言ってんだ? という目で見てしまった。
「無自覚か!? 無自覚なんだな、お前!」
「羨ましいぞ、こんちくしょう!」
「お前らが何を言ってるのか分からないが、明日奈は別に俺といようがお前らといようが一緒じゃないか?」
「お前、本当に気づいていないんだな。つか結城さんの事、名前呼びかよ」
「あっちが名前呼びしろって…」
「お前の今の状況が羨ましすぎるんだ! 俺たちなんて入学から三年間、ずっと結城さんを追っているのに一度とて手を触ったことがないんだぞ!」
叫ぶ和人の友人他、しくしく泣いている男ども。異様な光景が店内に広がる。ますます周囲の視線が痛くなってきた。そこまで叫んでいたら先に店から追い出されそうだが。
「で? 何でお前が結城さんの家の前にいたんだ? しかも買い物袋持って」
「…それは」
やっぱり見られていたか。視線に気づいて咄嗟に明日奈と距離を取ったのだが遅かった。買い物袋を彼女に押し付けたのもまずかったかもしれない。
「…彼女の親に頼まれたんだ。仮にも社長令嬢だろ? 登下校、彼女が危険にさらされないようにって。俺、彼女の親の会社でアルバイトしてたことがあって、その伝手」
嘘ではない。婚約者という立場から四六時中、明日奈を守ることも言い含められていた。尤も、父・彰三は共同生活することによって早く互いを知るよう狙っているとは思うが。
そして和人は彰三が代表を務める会社に出向中だ。バイトではないが、そんな事、今この場で言う事ではない。しかし、彼らは「結城さんのお父様の会社でバイトを募集していたなんて!」「そんな裏技が!」等と叫んでいる。これで実は社会人なんですなんて知られたらもっと面倒くさいことになる。彼らが勝手に解釈するまでちびちびコーヒーを飲んで待つことにした。
「…と言う事はお前、結城さんの家に下宿でもしてるのか?」
「え?」
そう言えば先日のお弁当事件で、朝から明日奈の料理を食べている発言をしたか。頭を抱え、軌道修正を図ろうとすると、彼らは勝手に暴走を始めた。
「結城さんの家に下宿してるんだったら一緒に買い物しててもおかしくないか」
「でもただのバイト人だろ? 何でそこまで社長が面倒みる必要がある」
「いや、でもあそこって結構有名どころ出身しか雇わないだろ? バイトって言ったって伝手なんだろ? どんな伝手か分からないが、あそこでバイトできるほど有能だってことじゃね?」
「そうか! 結城さんのお父上は慈善事業として家庭の都合で高校に行けなかったお前を引き取ったんだな!?」
「何で…」
そうなる。
そう続けたかった和人の台詞を、「何でわかった」と更に勘違いして、「お前、実は学校行ってなかったんだな」「なのにうちの学校入れたってすごいっすね!」など、想像力豊かな彼らはどんどん和人を恵まれない子に仕立てていく。挙句「両親も離婚して親戚をたらい回し」と言い出した頃に、ようやく和人は止めた。
「もう何だっていいから、帰っていいか?」
「カズ、俺たちはいつまでもお前の友達だからな!」
「カズ先輩! 俺たちも応援してます」
「…おう」
何だかよく分からないが、明日奈のことを放って彼らは和人と明日奈の恋路を見守る会と化した。

「…ただいま」
「お帰りなさい。買い忘れたもの、買えた?」
「…おう」
はい、と言ってお土産に買ってきたドーナツを明日奈に渡した。
「…ドーナツ食べたかったの?」
「…そう、ですね」
渡されたドーナツ片手に何故だか疲れ切った和人を見て、そんなにお店が混んでいたのだろうか、それなら今度は作ってあげようと思った明日奈だった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ