3ヶ月の…

□冬支度
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冬支度

青々としていた木々の葉が色づき、そろそろ木枯らしが吹くという11月。勉強の側、せっせと黒いものと戦う明日奈の姿があった。
「…あんた、そんな事、家でやりなさいよ」
「だって家でやったらばれるじゃない」
「サプライズなんですか!?」
もうすぐ中間考査ということもあり、勉強を教えるという大義名分で里香宅に集まった明日奈と珪子だが、二人が勉強する傍で明日奈はひたすら編み棒を動かしていた。
「べ、別にサプライズなんて考えてないわよ!? ただ、この前、クリスマスツリーを見に行った時…」
先日、そろそろ家の中を秋から冬バージョンに変えたいと考えていた明日奈は和人をつれ、クリスマスツリーを探しに出かけた。専ら見ていたのは明日奈だったため、和人は店向かいにあった衣料品店の前で待っていたのだが、ふと明日奈が和人を振り返ると本人がいない。探して衣料品店に入ったところ、マフラーや手袋を手に取ってみていた。
「買うの?」
「ん? ああ、今まで持ってたやつがそろそろボロボロで新調しようと思ってさ。会社の近くに住んでたから、そこまで防寒具は要らなかったんだけど…」
さすがに今住んでいる家から学校までは距離がある。そのために物色していたらしいが、好みの物がなかったのか買わずに帰った。明日奈が欲していたツリーは購入したが。
明日奈としては、和人は巻き込まれた方だ。親の強権により自分と一緒に共同生活を強いられた被害者。そういう認識もあったため、マフラーと手袋が欲しいなら作ってあげようと思い大量に黒い毛糸を用意した。それを今せっせと編んでいる最中なのだ。
「勿論、クリスマスに渡すんでしょ?」
勉強そっちのけでニヤニヤして里香が訊いてくる。
「そ、そんな事したら、あっちが先に新しいのを買っちゃうじゃない!」
そうなったら今までの自分の頑張りが水の泡だ。
何としても彼が新しいものを買う前に仕上げなくては。これも節約なのよ!
いくら今日日、ワンコインでデザインも良さそうなものが買えたとしても明日奈は決して“節約”の部分は譲れなかった。
「もたもたしてたら他の娘に先越されるかもしれないしね。あいつ、なんだかんだ言って人気あるし」
「違うったら!」
冷やかす里香に新たな課題を言いつけると、明日奈はさっさと編んでしまおうと編み棒を動かした。

「…なあ、明日奈?」
「っ! な、なに?」
「最近、大丈夫か?」
「何のこと…?」
いつものように朝食づくりをしているはずの明日奈だが、どこかおかしい。ボーっとしているようで声をかけても反応が鈍い。以前、熱を出し寝込んだこともあるので心配したのだが、「何でもない」の一点張り。「ちょっと失礼」と明日奈のおでこに手を当てた。
「っ!?」
「…熱は、ないか?」
「少し温かいような…」と明日奈の顔を覗き込むが、勢いよく背中を向けられる。
「大丈夫だって言ってるでしょ!」
「…なら良いんだけど。調子悪いんなら休んでろよ?」
そう言って勉強部屋を兼ねている書斎の戸を潜って行った。
「…………」
言える訳がない。節約のためとはいえ毎晩彼が書斎に引きこもっている間にマフラーと手袋を作っているなんて。しかも満足いくものが出来ず、何度もやり直しまでしている。おかげで最近は寝不足気味だった。
「言える訳、ないじゃない…」
買ってしまえば早いはずなのに、節約だけで寝不足になってまで頑張る理由は考えない。それはまだ考えてはいけない事だと自分の心に蓋をして、毎夜編み続けていた。編み物は好きだ。もとより時間を見つけては寒くなると小物を作って友人に渡していたこともあった。けれど、今回は“同居人”の為。相手が異性というだけで違いはないはずなのに、何故かこだわりにこだわって編み直していた。
「使って、くれるかしら…」
これで使わずじまいだったら泣ける。そうなったらもう二度とこの家に入れるものかと、ダンッ! と包丁でサラダになるはずだったトマトに八つ当たりをした。
そんな可哀想なことになっていたトマトがサラダとなって並ぶ朝食を、気にかけることなくいつも通り食べ終えると、和人が洗い物を済ませて、出かける旨を伝えてきた。
「え、どこに行くの?」
「ん? そろそろ寒くなって来たから手袋でも買いに。明日奈も来るか?」
「ちょっと待って!!」
「お、おう…」
ガシっと和人の腕を掴まえるが、頭が働かず良い言い訳が思いつかない。あーとか、うーとか言ってみるが、段々と和人が「本当に大丈夫か?」と心配そうな顔になる。
「やっぱり調子悪いんじゃ…」
「大丈夫だから、私の事は良いの! それより、マフラーとか手袋…、いま買うよりもう少し待った方が良いんじゃない?」
「何で?」
「えっと…、」
何と言って引き留めよう。続く言葉が思いつかず固まっていると、「もしかして作ってくれるとか?」という声が聞こえた。
「へ?」
まさかばれた? ばれてたの?
今度は驚いて固まっていると、頭にポンと手が乗せられ、「冗談だよ」と笑われた。
「さすがに明日奈がそこまでやるとは思ってないよ」
「や、やるわけないじゃない! そんな事したらまるで…っ」
まるで“私が君を好きみたいじゃない”
思わず口を押え俯く。幸い、相手に知られることはなかったが、明日奈の中では何故そんな事を言おうとしたのか分からず、パニック状態だった。
「明日奈?」
「な、何でもないわよ!」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば!」
「…なら良いけど、じゃあ行ってくるよ」
「だから待って!」
今度こそ行こうとするが、明日奈は腕を掴んだまま。本当に何なんだと、振り返った。
「さっきから何なんだ。何かあるのか?」
「えっと…」
買い物を止めさせなければならないが、理由が思いつかない。しどろもどろになる明日奈に何を思ったのか、和人は「まさか本当に作ってくれるとか?」と言った。
「へ? え…、えっと。そ、そんなに言うんなら作ってあげなくもないわよ?」
もうこの際、自棄だ。今まで必死に引き留めていた手を離し、ふんぞり返って言ってしまった。こうなったら今作っているマフラーと手袋が無駄にならない様、話を進めるだけ。どうにでもなれと胸の内でしくしく涙する明日奈など露知らず、和人は「え、本当にいいの?」という顔をした。
「買うだけで済むから別にそこまで…」
「良いって言ったら良いの! それとも何。私が作るんじゃ不安だって言うの?」
「いや、別に…」
ログハウス内に飾られているものは全て明日奈手製だ。テーブルクロスにしろ、ソファーに置かれたクッションカバー、オーナメントや窓際に飾られている人形もすべて。
そんな手先が器用な同居人の腕を信用しない訳もなく、「まさか」と首を左右に振った。
「じゃあ文句ないわね」
「え、でも明日奈も忙しいんじゃ…」
「もう、はっきりしないわね。要るの? 要らないの?」
「い、要ります!」
「最初から素直にそう言えばいいのよ…。その代わり、出来上がるまで時間がかかっても新しいのを買ったり、他の人から貰ったりしたらあげないからね?」
「お、おう…。なるべく善処します。つか、他の人からって、まずないし」
「良いから! 文句があるなら作らないわよ?」
「す、すみません…。あの、リクエストして良いですか…?」
「な、なによ」
「俺、バイク乗るから出来たらネックウォーマーみたいなのが良いなって…」
「へ…?」
マフラーと言ったら所謂、帯だか紐状のものを想像して絶賛制作していたわけだが、言われてみれば“筒状”のものもマフラーと言ったか。予想外の注文に明日奈の悲鳴がログハウスに轟いた。
「そう言う事は早く言いなさいよー!!」
「ご、ごめんなさい!」

「それで家の中でも堂々と編み物出来るようになって、無事に完成したと。良かったわね、他の子に先越されないで」
「だから、そんなんじゃないって…」
無事、中間考査を終え結果はそれぞれだったが、明日奈は寝る間も惜しんで作り直した甲斐があったらしく、今朝方出来上がったものを渡すと上機嫌でつけ心地を確認していた。今日は寒いからと早速装備してきたのだが、目ざとい友人達に囲まれて登校早々、もみくちゃにされていた。
「カズ。お前、もしかしてそれ手作りか?」
「…まあ」
手作りだとよく分かったものだ。毛糸で編んでいても市販されているものもあり、パッと見ただけでは分からないと思うのだが、妙な確信をもって友人は声をかけてきた。
「いや、小さく“K”って赤で刺繍してるし」
「え!」
「羨ましいぞ、この野郎!」
「さすがっす、カズ先輩!」
何がさすがなのか分からないが、指摘した友人に刺繍個所を教えてもらうと確かに“K”と書かれてあった。ちらりと明日奈を窺う。
「だってせっかく作ったんだから失くされたくないし」
明日奈がそう言うと、「やっぱり結城さん手製か!」とか「羨ましいを通り越して一度痛い目にあって来い!」だとか散々な扱いを受けた和人だった。
「…あんたって娘は」
そんな娘ではなかったはずなのに、と里香は“してやったり顔”をしている明日奈を見やった。
和人と同様、マフラーと手袋をしてきた明日奈だったが、和人と違い、こちらは普通の巻くタイプ。明日奈の防寒セットは白地に赤のアクセントが入った柄だ。しかしイニシャルの色が黒だという点で絶対、和人が何も言わなかったら“お揃い”状態だったのだろうと里香は思っている。
友人達に囲まれる和人の首元と手に装備しているものが、自分手製だと思うと、どこか満足そうな明日奈だった。
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