3ヶ月の…

□4明日奈の友人
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4明日奈の友人

明日奈が早退した翌日、すっかり熱も下がって元気を取り戻した明日奈は、午後にはリビングで作業していた。昼食後、勉強部屋を兼ねた書斎に篭っていた和人が部屋から出てくるとダイニングテーブルに広がる布やボタンに綿。着替えた明日奈が針を手に縫いぐるみを作っていた。
「明日奈…、何やってるんだ?」
「だって、暇なんですもの。熱も下がったから、もう大丈夫よ」
「だからって、何もそんなもの作らなくったって…」
「これは寄付するの。毎年、系列の幼稚園に友達のサークルが寄付してるんだけど、そのお手伝い。母さんが勉強とは関係ないからっていい顔しないけど」
「じゃあ尚の事、しっかり治してからな」
明日奈が持っているものを取りあげて寝室へ戻るよう背中を押した。
「…もう、大丈夫だって言ってるのに。あ、そうだ。私の代わりに取りに行ってほしいものがあるんだけど、良い? 私のノルマの分なんだけど、締切を考えると早めに取りに行きたいのよ」
近くにあったメモ帳に店の名前と地図、品物を書くついでに、スーパーで買ってくるものも一緒に書いた。思ったより多い量に顔をしかめるが、断ると病み上がりの彼女が行きそうなので渋々了承する。
「良いけど、ちゃんと寝てるんだぞ?」
「わかってるわよ」

彼女の友人達

明日奈のお使いで店に向かった和人だったが、店員曰く「それなら友達の子がさっき来たから預けちゃったよ」と言われ、明日奈に連絡すればその友人からついさっき連絡があったらしい。
「それならそれで早く言ってほしいよ…」
ぼやきながら近くのスーパーで買い物を済ませ帰ろうとした時だった。大通りから一本入った路地で騒ぐ声が聞こえた。
「何だ?」
気になって声がする方向を覗き込んでみると、そこには通う学校の制服女子が二人と、全く見覚えのない男が数人。女子生徒一人が男に後ろ手に掴っているところを、もう一人の女子生徒が助けようとしているように見えた。
「いい加減、その子を離しなさいよ! 警察呼ぶわよ!」
「呼べるもんなら呼んでみろよ。俺たちから逃げられたらの話だがな」
「何ですって、っ!」
「里香さん!」
リーダー格と思われる男の指示で、もう一人の女子生徒を囲む。捕まってる女子生徒がどうにかしようともがいているが、囲まれた生徒はじっとしているよう叫んでいた。
連中の様子からして他に仲間がいるようには見えない。そう判断した和人は囲まれている生徒の真後ろにいた男を蹴り倒した。
「あんたら邪魔」
「ぐはっ!」
わき腹に強烈な蹴りをお見舞いされた男は隣にいた仲間にぶつかり一緒に巻き込んで倒れる。その隙に和人が女子生徒を自分の方に引き寄せるついでに、提げていた買い物袋を押し付けた。
「これよろしく」
「へ?」
女子生徒が買い物袋を持ったのを確認するのも惜しく、和人は囲っていた連中の急所を狙って肘打ちやら膝蹴りやらで蹴散らしていった。さすがに真後ろから飛びかかろうとした男目がけ裏拳を鼻に決められた時は連中にも動揺が走る。
「ってな…。危ないだろ」
鼻血出して伸びている仲間の横で、赤くなった手の甲を見てぶんぶん振って痛みを和らげようとしているらしい優男。しかし彼らからすると、もしかして自分たちは関わってはいけない奴に出会ったのか? そんな畏怖を感じていた。
「くそ!」
「きゃあ!」
「おっと、大丈夫?」
「は、はい」
捕まえていた女子生徒を和人の方に押しやると、そそくさと逃げる準備を始めた。
「覚えてろよ、女顔!」
「あ゛?」
最後の最後で言ってはいけない言葉を吐いて和人の怒りを買った連中は、「ぎゃー!」と叫びながら去って行った。その後、暫くは「黒い死神がいた」「あの目は絶対人殺ってる!」と、謎の噂がこの界隈に広まるらしいのだが、そんな事は和人たちには関係のない事。
それより買い物袋を預けていた女子生徒が、袋を持って駆け寄ってきた。
「珪子、大丈夫だった?」
「はい、あの…、ありがとうございました!」
「えっと…、君たちは…」
どこかで見たような。そんなあやふやな記憶しかなく困っていると、買い物袋を和人に返しながら、自己紹介をしてくれた。
「篠崎里香。明日奈の親友よ」
そう言えば先日の食堂でも見たか。そして同じクラスだったか。記憶の底からそれらしい情報を引っ張り出して繋げていく。と言う事は、先日の事件を収めたのは彼女なのだろうか。
「ちなみにあんた達が食堂で起こした事件を納めてやったのも、あたしだからね。感謝しなさいよ?」
やはりそうらしい。「その節は…」と深々頭を下げ、礼を言った。
「私は綾野珪子です!」
そう名乗った女子生徒も明日奈の知り合いと判明し、いつの間にか彼女の友人達に迷惑をかけていたのだと申し訳なく思う。
「転入初日に案内してくれた子だよね」
「はい! 覚えて、いただけてたとは…」
もじもじ照れくさそうにしている珪子にも「その節は…」と、再び頭を下げる和人。里香が「それは良いとして」と割り込んだ。
「で、あんたは何やってたの? 今日、学校休んでた奴が」
昨日に引き続き、今日も“明日奈看病のため”学校を休んでいたのだが、今はお使いの帰りだと袋を持ち上げて主張する。
「明日奈からのお使いで出歩てたんだけど、何か見慣れた制服の子がいたから、つい」
「そう。正直なところ、助かったわ。あいつら、結構しつこかったのよ」
最初は中等部でアイドル扱いされている珪子が声をかけられたらしいのだが、気が強い里香が傍に居たこともあり最初は無視していた。けれどしびれを切らした連中に反応が遅れた珪子が捕まって今に至る。
要約された里香の説明を聞くと「怖かったな」と珪子の頭を撫でた。
「はうう…」
「…あんた、それ素?」
何の事かさっぱりな和人だったが、何にしろ明日奈の友人が無事でよかった。安心して帰ろうとする和人を里香が引き止める。
「こらこらこら」
「何?」
「あんた、これも受け取りに行ったんでしょ?」
里香が持っていた袋はさっき和人が訪ねた店のロゴが入っていた。
「何で篠崎さんが?」
「里香で良いわよ。苗字で呼ばれるのに慣れてないから」
「じゃあ遠慮なく」
「私も、珪子でお願いします!」
今まで聞き手に回っていた珪子が急に主張を始めて少し戸惑うも、二人が名前呼びで良いというのなら自分も、と言うと珪子が目をキラキラさせて「ありがとうございます!」と言った。その姿が、好物を前にした妹に似ていて苦笑してしまう。
悪い奴らから助けてくれた王子様とでも勘違いしてるだろう後輩に「下心が見え見えよ」と視線を向ける里香だったが、気を取り直し、和人にお使いの本命を渡した。
「明日奈のお使いって本当はこれの受取だったんでしょ? あたし達も一緒に頼んでいた物だったから、顔なじみのお店の人に言って代わりに受け取ったのよ。これから届けようと思ってたんだけど、聞いてない?」
「それが君とは聞いてなかった。友人が受け取ったとは聞いてたけど」
「まあ良いけどさ。あの子、メッセージで『暇だー!』って言ってたから良い暇つぶしになると思って届けるつもりだったけど」
「いつの間にそんなメッセージを…」
常に一緒にいる訳ではなかったが、部屋で寝ているものと思っていただけに、ちゃんと寝てろよ! と頭を抱える。
「監視の目が行き届いてないわよ。何せ、あの厳しいお母さんの目から隠れて趣味を楽しんでたんだから」
納得した。だから手慣れていたのか。
共同生活が始まって増えていく明日奈厳選のもの。今から思えばあれは彼女手製だったのではないか。机の上に置かれていた製作途中の縫いぐるみは遠巻きにだが、売り物と遜色ないように見えた。おそらく母親の監視がなくなった今、自分の時間を大いに楽しんでいるのだろうことは想像に難くない。
「納得したかも…。ありがとう、助かったよ」
里香から頼まれものを預かり買い物袋と一緒に抱え直す。
「どういたしまして。ついでだから明日奈のお見舞いに行っても良い? すぐに帰るから」
「ああ、暇してるだろうから喜ぶよ」
そう言って三人、ログハウスへ向かった。
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